Monday, March 17, 2008

十分の一信徒 (2008/03/17)[s]

読む者の気持を引き立てるような朗報、お知らせをいただき喜んでいます。

私も亡霊を追い払おうと、心理学者や精神科医にも相談してみましたが、効き目がありません。 そこでこの頃は「祈り」に頼っています。 私の狂気のせいで、家内が大分迷惑をこうむっているので祈ってみることにしました。 

私はいたって世俗的な俗物で霊的にはほど遠いのですが、宇宙をつかさどり原子を組み合わせて生命をつくりだす神が、どうして暴力や不正、邪悪な罪を許すのかわかりません。

それでも儒教と同様な倫理的教えは、神の普遍性の顕現として、信仰の薄い者でも受け入れることはできます。

私も日曜は一応教会に顔を出すのですが、説教の間眠っていることが多く、普段は食前の祈り以外に、神とのコミュニケーションをはかることはありません。

ただ一つ肯くのは献金です。 だいぶ前になりますが、所得の十分の一を神に返す十一献金について聞きました。 当時私は収入が無く、売り食いでようやく暮らしていたのですが、半信半疑で恐る恐る自分達のライフスタイルに相当するもの一割を献金してみました。 

すると間もなくCBCからオッファーがあり、比較的好条件で雇われることになりました。 その後さらに献金を一割二割りと増やしてみると、ちょうどその十倍ずつ所得も増えてくるのです。 同様な不思議なことが数多くありました。 

当時5人の子供達はみなティーンエージャーでしたが、教育にもお金がかかる時期です。 それでもみな大学、大学院と進むことができました。 しかも経済的に無理することはなく、いつも必要な資金はタイミングよく与えられました。

今は年金生活ですが、ビジネスクラスでの旅行や豪壮な邸宅は買えないものの、家内が生計費に気を配ってくれるので、暮らしがダウンサイズされるという感じはありません。

それに、バンクーバーでも最も住みやすい街のコーナーに住んで、憚りながら「今までの住いの中で最高」と自己満足させてもらっています。

私は聖書も開かないし、お祈りも上の空。 ただ家内が篤信のクリスチャンで、息子も牧師。 ですから死ぬ時はそのコートテールをつかんでホームベー滑り込もうと考えているのですが、神学的に一蹴されるかもしれません。
ただ自分の経験からして、十一献金は、どんな株よりも確実な投資だと今は思うようになりました。

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