Wednesday, December 31, 2008

no subject (2008/12/31)[s]

明けましておめでとうございます。

私共は1日遅れの元日をこれから迎えるところ。 今日は大晦日。 先程買物に出かけたら、雪解けの道がブラックアイスとなっていて、歩くのに気をつかいました。 大晦日といっても、不況のどん底ですから、皆さん地味に過しているのでしょう。 私共も深く静かに潜航しているつもりです。 お雑煮も食べず、年越しそばだけは張り込んでラーメン屋に行きました。 こちらで最近開店したラーメン屋は、器も上品で一つ一つ丼の下にお盆がつき、木の杓子も添えてあります。 あれは日本から持ち込んだエレガントなサービスでしょうか? リストラの身には清水の舞台から飛び降りる気持だったのですが、食べてみて満足しました。 大抵の家庭では、クリスマスに焼いたターキーの残りを何回にも分けて食べます。

ブログ「イノさんシゲさん」も発信を停止し、井上さんに頼み込んで「イノさんの文箱(驚き一杯)」を独自に出してもらうことにしました。 これでさらに肩の荷が軽くなりました。

貴兄でも最近のタレントの歌う歌詞は聞き取れませんか。 私も英語国滞在40年。 ますます英語が聴き取り難くなってきました。 アメリカ人の60代の人も「18歳の英語は判らない」と言っていました。 しかし言葉というものは、生まれた時から接して同じ環境で育った人でなければ、本当の意味の表現と理解は無理ですね。 私なんか鹿児島で成人しましたから、標準語は外国語です。 まして30で初めて生の英語に接して面食らった者が、BBCやCBCに居たからと言って、少しでもましになると勘違いする方がタワケです。 もう幾ばくも無い命。 盲目に加えてこれからは難聴も装うことに致しましょう。 広島の秋葉市長は例外で、数学者なのに実に立派な英語を話します。 NHKの国際局にも「英国人よりも上手い英語を話す」と言われたアナウンサーが居ました。 言語界のモーツアルト、ショパンだったわけですね。 この前亡くなった加藤周一先生は、医者でありながら、BC大学教授として日本文化を講じ、ベルリン自由大学ではドイツ語で教えたのでしょう。  テレビで見たサルトルとの鼎談では、もっぱら加藤先生とサルトルのフランス語だけ。 サルトル紹介の第一人者白井浩二先生は傍らに居て終始無言。 その加藤先生、二番目の奥さんはオーストリア人だったそうですから、求婚もドイツ語だったのでしょう。 その加藤先生に文化勲章を贈らなかった日本政府は、新宿の洋装店主には文化勲章を授けたのですから判りません。  

日本では「派遣」というのは気の毒な人達を指しますか。 カナダの日系社会では「派遣」というと日本の本社から派遣されてきたエリートを指します。 私の弟は慶応の経済を出て移住し、現地の日系銀行の副頭取をしていたのですが、「派遣」の早稲田や慶応の社員から二等市民扱い。 私も移民でしたから、誰からも相手にされませんでした。 兎角威張りたがる「派遣」は日系カナダ人からも憎悪されています。 所変われば言葉のニュアンスも変わってくるのでしょうね。

寒さに打克って、遠からずやってくる春に夢を託しましょう。

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