60年前の夏(05-7-27)
仕事に追われているうちに、月末になってしまいました。ゆっくりメールをと思いながら、時間が取れず、申し訳なし。 また8月15日がやってきます。60年前、お袋と妹が疎開していた群馬の山奥の村をたまたま訪れていて、村役場前であの「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」という放送を聞き、アー負けたんだと思ったことを今でも思い出します。 東京に戻る列車は超満員で、機関車の後ろの炭水車に乗り、物凄い石炭のかすを頭から浴びて体中真っ黒になって帰京したことも、覚えています。 大東亜戦争も自衛の為とかいろいろ言われていますが、1931年の満州事変以来の日本の中国大陸での侵略行為を見ると、明治維新以来、英米仏等の列強に負けじと拡大というか背伸びをしてきた日本が、いかに無理な戦いを挑んだかが判ります。
1941年、アメリカから突きつけられたハル・ノートに「中国大陸から撤退することは今までその地で亡くなった英霊に申しわけが立たない」とわけの判らぬ理由をつけ、その結果、310万人の人間をこの大東亜戦争で失ったわけです。 今でも戦争好きがいるようですが、一回自分で戦場に出なければ戦争のむなしさは分らないのでしょう。大体、号令をかける人は後ろにいるわけで、あの悲惨さを体験はしないわけです。 小生、あの焼夷弾の爆撃の凄さだけでも、ビビリました。焼夷弾の直撃を受けた人が火柱になったときは、声も出ませんでした。
それなのに学校へ行くと、怖かったとは誰も言えず、B29が撃墜されて凄かったとか、全く関係のない話をしていましたが、皆は本当に怖くなかったのか、今でも不思議に思います。 敗戦記念日前後は、また特集番組が数多く組まれるのでしょうが、こうしたときだけでも戦争の悲惨さを思い出し、あるいは意識づけて、戦争を回避したいものです。 中国が軍事費を公表の2~3倍も使っているとか、きな臭い話があちこちにありますが、人間の叡知が果たしてそれを上回ることが出来るか、21世紀の課題だと思います。 モントリオールはかなり暑そうですが、どうか身体を大切に、特に眼を休ませ、休養してください。 小生9月の旅のため、夏休みは無しです。
ややばて気味ですが、仕事に追われて暑さも少し忘れます。
1941年、アメリカから突きつけられたハル・ノートに「中国大陸から撤退することは今までその地で亡くなった英霊に申しわけが立たない」とわけの判らぬ理由をつけ、その結果、310万人の人間をこの大東亜戦争で失ったわけです。 今でも戦争好きがいるようですが、一回自分で戦場に出なければ戦争のむなしさは分らないのでしょう。大体、号令をかける人は後ろにいるわけで、あの悲惨さを体験はしないわけです。 小生、あの焼夷弾の爆撃の凄さだけでも、ビビリました。焼夷弾の直撃を受けた人が火柱になったときは、声も出ませんでした。
それなのに学校へ行くと、怖かったとは誰も言えず、B29が撃墜されて凄かったとか、全く関係のない話をしていましたが、皆は本当に怖くなかったのか、今でも不思議に思います。 敗戦記念日前後は、また特集番組が数多く組まれるのでしょうが、こうしたときだけでも戦争の悲惨さを思い出し、あるいは意識づけて、戦争を回避したいものです。 中国が軍事費を公表の2~3倍も使っているとか、きな臭い話があちこちにありますが、人間の叡知が果たしてそれを上回ることが出来るか、21世紀の課題だと思います。 モントリオールはかなり暑そうですが、どうか身体を大切に、特に眼を休ませ、休養してください。 小生9月の旅のため、夏休みは無しです。
ややばて気味ですが、仕事に追われて暑さも少し忘れます。

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