やはり投稿少? (2006/10/22)[o]
送った2本がすぐに使われたので、やはり投稿が少ないのかと心配しています。
小生の文才ではとても井上氏のようには書けません。同じレベルは期待しないで下さい。
それでも、時間があるので1本だけ書くことにします。
「
貴兄が「ワールド・トレード・センター」を見たと前回のメールにありましたが、小生、どうも9.11を再度見たいとも思えず、今上映中ですが見送ります。
貴兄も感じられているように、僅か2発の爆弾で20万人を殺した広島・長崎に比べると、9.11など大人と赤ん坊くらいの違いです。
それを大騒ぎするなら、何故、アメリカの政治家は日本に来て、広島・長崎の原爆資料館を見に行かないのか、不思議です。
先日のライス国務長官くらいは行ってくれるかと思ったらなんと24時間も日本には居らず、即出国。
それにしても、何故、原爆を実験的に落とすのに大都市を狙ったのか?
イエロー・モンキーならどこでもいいや、という感覚にしか日本人には思えません。ドイツなら落とさなかったというのが、通常の一般論です。
日本は真珠湾を攻撃したときも、フィリッピンのクラーク基地・有名なコロンボの爆撃にしても、爆弾は軍事基地だけで民間の家々には一発も落としていません。
都市の無差別爆撃は、1944年英国空軍のドイツ・ドレスデン爆撃が最初といわれていますが、戦後のドレスデンでの慰霊祭には英国のヴィクトリア女王が訪れ、謝罪しています。
アメリカは謝罪どころか、エノラ・ゲイを飾っても広島の原爆のことには全く触れていないというのだから、あきれます。在郷軍人会の反対とのことですが、いったい何を考えているのか!
もっとも、アメリカ人全員がこれと同じ感覚だとは思えませんし、思いたくもありません。
その意味を含めて、クリント・イーストウッドの「硫黄島」2部作が今月と12月に封切られるので、今はこの映画に関心大です。先日始まった東京の国際映画祭のプレミア・ショーはこの作品でした。
第1部の原作、ジェームズ・ブラッドリーの「父親たちの星条旗」を是非読みたいと、図書館に行ったら、今月の発売で、まだ入っていませんでした。
映画が先行して、原作の翻訳が後になったようです。
第2部の日本側から見た硫黄島は「家族からの手紙」は司令官栗林忠道中将の家族との手紙のやり取りからヒントを得たようですが、上坂冬子の「硫黄島いまだ玉砕せず」をはじめ、何冊かの本でこの栗林中将と妻子との間の手紙を読みました。
ここで内容を書くと映画の興味が薄れるので書きませんが、あの地下要塞を短期間に作り上げ、5日で占領すると豪語していたアメリカ海兵隊を一ヶ月以上釘づけにした猛将栗林中将の家庭に対する愛情の深さに驚いたものでした。栗林中将は、戦前、アメリカにも駐在したことがあり、そのときの家族との手紙も素晴らしい内容です。
信じられないのですが、サイパンを取られ制空権・制海権はほとんど無かったはずなのに、何回も手紙が硫黄島に送られ、返事がきているのです。
サイパンの後、最後の砦になった硫黄島に日本軍も薬や弾薬を送るため、必死に飛行機を飛ばしたのでしょうか。
全島、地下から硫黄が噴き出し、食料より水が無くて大変な島。今も東京都は居住許可を出していません。
滞在しているのは、自衛隊だけです。
戦後、60年を過ぎても戦争は我々の脳裏から離れません。
クリント・イーストウッドがどんな観点から戦争を捉えたのか、封切りが楽しみです。
」 」
今日はまた、映画と戦争の話になってしまいました。
少しは明るい話を書きたいと思いつつ、最近の暗い世相のせいか暗い話になりました。
だんだん寒くなり、寒さに弱い小生は暖かなところへ少しでも逃げるべく、安くて暖かな地への旅を探しています。
昨日ラジオを聞いていて、哲郎さんのことを思い出しました。
タレントの仕事はいかがでしょうか?哲郎さんは拝見したところ、向いておられるようなのできっと良い仕事が見つかっておられると思いますが。
では、また。 (06/10/22)
小生の文才ではとても井上氏のようには書けません。同じレベルは期待しないで下さい。
それでも、時間があるので1本だけ書くことにします。
「
貴兄が「ワールド・トレード・センター」を見たと前回のメールにありましたが、小生、どうも9.11を再度見たいとも思えず、今上映中ですが見送ります。
貴兄も感じられているように、僅か2発の爆弾で20万人を殺した広島・長崎に比べると、9.11など大人と赤ん坊くらいの違いです。
それを大騒ぎするなら、何故、アメリカの政治家は日本に来て、広島・長崎の原爆資料館を見に行かないのか、不思議です。
先日のライス国務長官くらいは行ってくれるかと思ったらなんと24時間も日本には居らず、即出国。
それにしても、何故、原爆を実験的に落とすのに大都市を狙ったのか?
イエロー・モンキーならどこでもいいや、という感覚にしか日本人には思えません。ドイツなら落とさなかったというのが、通常の一般論です。
日本は真珠湾を攻撃したときも、フィリッピンのクラーク基地・有名なコロンボの爆撃にしても、爆弾は軍事基地だけで民間の家々には一発も落としていません。
都市の無差別爆撃は、1944年英国空軍のドイツ・ドレスデン爆撃が最初といわれていますが、戦後のドレスデンでの慰霊祭には英国のヴィクトリア女王が訪れ、謝罪しています。
アメリカは謝罪どころか、エノラ・ゲイを飾っても広島の原爆のことには全く触れていないというのだから、あきれます。在郷軍人会の反対とのことですが、いったい何を考えているのか!
もっとも、アメリカ人全員がこれと同じ感覚だとは思えませんし、思いたくもありません。
その意味を含めて、クリント・イーストウッドの「硫黄島」2部作が今月と12月に封切られるので、今はこの映画に関心大です。先日始まった東京の国際映画祭のプレミア・ショーはこの作品でした。
第1部の原作、ジェームズ・ブラッドリーの「父親たちの星条旗」を是非読みたいと、図書館に行ったら、今月の発売で、まだ入っていませんでした。
映画が先行して、原作の翻訳が後になったようです。
第2部の日本側から見た硫黄島は「家族からの手紙」は司令官栗林忠道中将の家族との手紙のやり取りからヒントを得たようですが、上坂冬子の「硫黄島いまだ玉砕せず」をはじめ、何冊かの本でこの栗林中将と妻子との間の手紙を読みました。
ここで内容を書くと映画の興味が薄れるので書きませんが、あの地下要塞を短期間に作り上げ、5日で占領すると豪語していたアメリカ海兵隊を一ヶ月以上釘づけにした猛将栗林中将の家庭に対する愛情の深さに驚いたものでした。栗林中将は、戦前、アメリカにも駐在したことがあり、そのときの家族との手紙も素晴らしい内容です。
信じられないのですが、サイパンを取られ制空権・制海権はほとんど無かったはずなのに、何回も手紙が硫黄島に送られ、返事がきているのです。
サイパンの後、最後の砦になった硫黄島に日本軍も薬や弾薬を送るため、必死に飛行機を飛ばしたのでしょうか。
全島、地下から硫黄が噴き出し、食料より水が無くて大変な島。今も東京都は居住許可を出していません。
滞在しているのは、自衛隊だけです。
戦後、60年を過ぎても戦争は我々の脳裏から離れません。
クリント・イーストウッドがどんな観点から戦争を捉えたのか、封切りが楽しみです。
」 」
今日はまた、映画と戦争の話になってしまいました。
少しは明るい話を書きたいと思いつつ、最近の暗い世相のせいか暗い話になりました。
だんだん寒くなり、寒さに弱い小生は暖かなところへ少しでも逃げるべく、安くて暖かな地への旅を探しています。
昨日ラジオを聞いていて、哲郎さんのことを思い出しました。
タレントの仕事はいかがでしょうか?哲郎さんは拝見したところ、向いておられるようなのできっと良い仕事が見つかっておられると思いますが。
では、また。 (06/10/22)

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