終戦の日
お忙しい中を、また暑さのきびしい中を、メールをいただいて、恐縮。 心から感謝しています。
私は、今週末、モントリオールに移動しますが、カナダについてのレポートの方は、去る1ヶ月もお休み、来月もずる怠けと横着をきめこんでいますので、できるだけリラックスしたいと思っています。
とても深い内容のメールです。 早速「読者ラウンジ」に掲載させてもらいます。
あの日は、愛媛県の田舎にいました。 いつもの通り、炎天下、土砂運びの動員に刈りだされていたのですが、玉音放送を聴いて帰ってきた先生が、首をふりふり、現場監督の先生に、「どうもイカンようですな」と話し、作業は中止。 汽車で隣の小松まで帰って駅前の道を石鎚山の方角に向かって歩く時、「国破れて山河あり」という言葉を独り繰り返していました。 途中屈強な青年二人が、まぶしい太陽を浴びて、高笑いしている様子が、異様に思えました。 しかし私自身も、「これからは白昼艦載機の銃撃を受けることもない」と、ホッとしました。
僅か3年半の戦争で、何もかも失ってしまった、我が家と日本。 得意の絶頂から地面に叩きのめされるまでに、さほど日数はかかりませんでしたね。 それにくらべて、その後60年間も平和が続いたことは、日本人として感謝せざるを得ません。
私は、今週末、モントリオールに移動しますが、カナダについてのレポートの方は、去る1ヶ月もお休み、来月もずる怠けと横着をきめこんでいますので、できるだけリラックスしたいと思っています。
とても深い内容のメールです。 早速「読者ラウンジ」に掲載させてもらいます。
あの日は、愛媛県の田舎にいました。 いつもの通り、炎天下、土砂運びの動員に刈りだされていたのですが、玉音放送を聴いて帰ってきた先生が、首をふりふり、現場監督の先生に、「どうもイカンようですな」と話し、作業は中止。 汽車で隣の小松まで帰って駅前の道を石鎚山の方角に向かって歩く時、「国破れて山河あり」という言葉を独り繰り返していました。 途中屈強な青年二人が、まぶしい太陽を浴びて、高笑いしている様子が、異様に思えました。 しかし私自身も、「これからは白昼艦載機の銃撃を受けることもない」と、ホッとしました。
僅か3年半の戦争で、何もかも失ってしまった、我が家と日本。 得意の絶頂から地面に叩きのめされるまでに、さほど日数はかかりませんでしたね。 それにくらべて、その後60年間も平和が続いたことは、日本人として感謝せざるを得ません。

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