Sunday, February 19, 2006

カンフル剤は無理(06-02-19)[o]

小生の拙いメールがカンフル注射などと言われると恥ずかしくてとても書けません。最近の文章を見てお気づきのように文章作成能力の衰え著しく、こんな短文でも書けないのです。
せめて、まだあいつも生きているか、というくらいに思って読んでください。
3冊目は遠くにありて思うもの、です。

貴兄の食欲までの衰えにはまだ少し時間があるらしく、小生は生きているうちはおいしいものを食べたいと思っています。
年がまだ72歳ですからその分若いのかも。

これで色気がなくなると男としてお終いと言われており、そこを食い止めるのが大変です。
昨年亡くなった親友は最後までバイヤグラで頑張ったようですが、そこまでする勇気も、相手もいません。
友人は病院に夜、こっそり相手を呼んでいたようですが、あと余命××と言われるとそういう感情が湧くのかもしれません。
彼は宗教はどうでもいいや、と言っていましたが葬式は先祖からの日蓮宗でした。

キリスト教が布教に成功できるのは、文化と歴史が浅いところだと本で読んだことがあります。 日本より韓国の方がクリスチャンが多いのはそのせいかと思った事がありました。 アマゾンの奥などで教会を見るのは正にこのことを言っているのかも知れません。

小生はもう、どんな宗教にも関心なく、自分しか信じられなくなっています。 この苦しい何年間も 自分でやらねば誰もやってくれるわけはなく、他人や神仏には頼ろうとは思いませんでした。

先週ある局で、キャサリン・ヘプバーンの特集があり久しぶりに「旅情」を見ました。 何回見ても良い映画です。
デヴィド・リーン監督も小生のお気に入りです。

この映画の中で、ヘプバーンが 古道具屋を訪ねて 8ミリカメラを回し、後退して運河に落ちる有名なシーンがありますが、小生最初にヴェニスへ行ったときに、そのシーンを撮影した「セント・バルナバス広場」へ行ってみました。

ツアーだったので 朝5時に一人で起きて20分ほど歩いて行ったらーーー
広場は見つかりましたが、彼女が運河に落ちるあたりは なんとゴミ箱とごみの山!
あの名シーンがもろくも消えてしまいました。

映画の中では 2階建ての古道具屋が実際は平屋で、室内は別の場所かセット(タイトルではヴェニスで撮影とあるのでセットはなし?)で、撮ったのでしょうが、室内以外は全部、ロケで撮られたのがよく判りました。

でも、ヘップバーンがここを歩いたのかと 夢中で広場を歩き回りました。

この話は以前ある雑誌に投稿したのですが、ボツ。 そこで貴兄に投稿したわけです。

それから、この「旅情」の日本語版は見ないでください。
ラストシーンが本物と違うのです。

確かに 画面は ヘップバーンが列車の車窓から手を振り、ロッサノ・ブラッチが贈り物を渡すべく、必死にホームを走る あの名場面なのですが、日本語版は ブラッチが贈り物を渡せず、ホームに立ち止まるあたりから 突如として あの「SUMMER TIME]の主題曲が流れるのです。

本物は列車の車輪の音、汽笛の音そして主題曲とは全く違った音楽が ヘップバーンが大きく振る手を背景に流れます。

感情がそこにあります。

こんな違う処理をして リーン監督は何も文句を言わなかったのか不思議です。

イタリヤはいろいろ有名な映画が撮られており、ロケ地を探すのは楽しみです。  

ただ、コモ湖に行ったときに「舞踏会の手帳」をロケしたところに案内してくれと言ったら、添乗員も現地ガイドも 舞踏会の手帳を全く知らず、却ってこちらが困惑しました。
1937年(昭和12年)の映画ですから無理な話だったでしょう。

因みに、ロケに使われた ヴィラ・オルモはホテルとして健在です。

今日はいつものように下らぬ話を書きました。 トリノ五輪は興味なく、テレビは映画くらいしか見ないので、話題が無く申し訳なし。

早く寒さが退散してくれるといいですね。 冬は嫌いです。

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