Monday, October 23, 2006

どれだけお役に立てるか (2006/10/23)[o]

やはり投稿が減りましたか。残念ですね。
井上氏のエッセイが大きな影響力をもっていたことがよく判りますね。あれだけ大量の原稿は普通は書けません。
小生、少ししか書けませんが、枯れ木でもなんとかなる範囲で、時間があれば送ります。

貴兄の眼鏡が余り効果が無かったことに、ちょっと残念な想いです。
それにしても13インチのテレビではやはり小さいですよ。井上氏とももう少し大きくしないと、眼に良くないと話したことがあります。
お金はかかりますが、換えてよい結果が出たら、それで良しです。
奥様がほとんどテレビをご覧にならないようですが、ビデオのこともあり
了解していただけるでしょう。

お金はあの世へ持っていけるわけでなし、小生も来年からは預金食いつぶしでも旅はしたいと思っています。
最近は、老齢者の医療費の負担率が1割から2~3割に上がり、確定申告で65歳以上に適用される老齢者控除も廃止。
年寄りに冷たい国になりました。病人を抱えて小生は本当に困ります。

まぁー前置きはこのくらいにして、肝腎の中身ですが、どうも小生、エッセイを書きなれていないので、適当にかきますから、直すなり、二回に分けるなり善処してください。

前回、硫黄島の事を書きましたが、あの島の防衛戦については、私が以前訪れたぺリリュー島の戦いが、栗林中将にとってかなり参考になったようです。
すなわち、地下に洞窟陣地を作り、ゲリラ的にあちこちの穴から飛び出して敵をかく乱する、そうすれば長期間対抗でき、それが日本本土の防衛にプラスになるーいわゆる時間稼ぎ戦法だったのです。

それともう一つの違いは、栗林中将は上陸してくる敵を水際で撃退する作戦を止め、一旦上陸させてから攻撃する作戦に切り替えたのです。
これは本土の陸軍軍令部あたりは大反対したようですが、要は黙って敵を上陸させてしまうのです。

水際撃退作戦はこちらの砲の位置を知られ、事前に爆撃と艦砲射撃で全滅させられるとの考えから、じっと我慢して、大半が上陸してから一気に集中攻撃を開始することにしたのですが、擂鉢山の一部の砲が待ちきれずに打ってしまい、直ぐに攻撃されてそこが全滅したため、その後の作戦に狂いが生じたといわれています。

この作戦は沖縄でも用いられていますが、アメリカ軍は容易に上陸できることをかなり不審に思ったそうです。

こうして、水際で余計な損害を出さずに兵器を温存し、地下にもぐって戦い、硫黄島はぺリリュー島と同様に一ヶ月以上の長期戦が出来たのです。

この他に、硫黄島ではベルリンオリンピックの馬術で優勝した西中佐が
戦車隊の隊長として戦死しています。
アメリカ軍は西中佐がいるのを知っていて、盛んに「降伏しろ、バロン西を殺すに忍びない」と呼びかけたそうですが、西は姿をあらわさなかったそうです。
栗林も西も、遺体は確認されていません。

こうしたドラマは戦時中には数限りなくあったでしょうが、こうして本来生きられた人たちが、戦争という名のもとで死んでいくことに、私は耐え切れません。
私の身内では幸いにも亡くなったものはシベリアに抑留された叔父一名だけでしたが、それでも、叔母が引揚船が着くたびに、舞鶴へ行っていたことを思い出します。

映画「硫黄島」を見たら感想を書きます。
                                           」
今日は時間が無く、雑文でごめんなさい。
また、少しでも書きます。 (06/10/23)

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