050428 阿部基治 潜水艦のカナダ攻撃
2005-4-28 岡本一正
カナダ初攻撃の続報、やっと図書館の調べを終えました。
1942年{昭和17年}の6月というと、5日に{以下、日本時間}ミッドウエー海戦があり、日本
海軍が惨敗し、ここから日本の負け戦が始まった月なのですが、大本営が空母4隻沈没を
1隻沈没、1隻大破とごまかした、逆に米空母2隻撃沈と報じたため、新聞はまだ勝ち戦の
紙面で景気の良い記事で埋っています。
カナダへの攻撃は、6月23日の朝刊にトップ記事でいっせいに報じられています。
いずれも派手な見出しをつけてー。
我が潜水艦カナダを奇襲
ヴァンクーヴァー島に出現 大胆軍事施設を砲撃 米英華府会談へ強力の応酬
「東京日日新聞」
カナダに初攻撃を敢行
バンクーバー島砲撃 わが潜水艦深夜の奇襲 華府会談最中へ実弾御見舞い
「朝日新聞」
我作戦カナダへ延ぶ
深夜バンクーバー島砲撃 潜水艦悠々海面に浮揚 重要軍事施設を破壊す「読売新聞」
この記事は実は大本営発表ではなく、3紙とも外電によるものです。
東京日日は、ブエノスアイレス本社特電で「カナダのオッタワ来電によれば、21日カナダ国防相
ラルストーンは20日ヴァンクーヴァー島西岸の重要軍事施設は突如海上に現われた日本
潜水艦から猛烈な砲撃を浴びせられた」と、報じ、
丁度、ワシントンでルーズベルト大統領とチャーチル英首相が会談しているときだったので、
その心胆をさむからしめたと景気の良い記事で1面の半分近くを使い、さらに社説にも「鋭鋒
カナダを突く」として、「日本は欲するとき、欲する箇所に向って攻撃を加えうる」と述べています。
朝日新聞は、上海特電、ストックホルム来電として、カナダ国防相が20日午後10時35分{現地
時間}日本潜水艦の襲撃を受けた、と、東京日日と同じ内容の記事を載せています。
この砲撃は米当局が声を大にして宣伝につとめている「ミッドウエー海戦の勝利」に対して、
わが海軍が与えた無言の回答である、との記事も書かれています。そしてさらに、3面には
バンクーバー島について、バンクーバーの領事であった外務省の根道広吉東亜局第3課長
の解説記事も載せています。
さらに、6,25の紙面でカナダ国防省のロールストンは下院で「砲撃は重要軍事施設に対し、
50発以上の砲弾が近距離から発射された。その間カナダ沿岸防備隊は敵潜水艦を撃退
し得ず、カナダ空軍も出動したが時期を失し、反撃の機会を逸した。敵潜水艦の行動は海岸
からも明瞭に認められた」と発表している。 {マドリード特電23日発 オッタワ発AP電}
読売も東京日日と同様に、ブエノスアイレス本社特電のかたちでカナダ太平洋岸防備司令部
の発表として、同じく日本潜水艦の攻撃を伝えていますが、この発表記事には「わが方の重要
軍施設は被害を蒙った」とあります。
他の新聞でもこの防備司令部の発表が載せてありますが、被害に触れているのは、読売だけ
です。また、3面に前述の根道氏と海洋会主事高橋重彦氏のバンクーバー島の解説記事を
載せています。
この攻撃の直ぐ後に、米本土オレゴン州も砲撃したことは前回でお知らせしましたが、その
記事も翌日、1面トップで載っています。しかもこの記事も、大本営発表でなく、中立国からの
外電によるものです。
潜水艦からの電波の発信は位置を知られるため、安全が確認できる場所まで発信しない
ようですが、大本営の発表がないのは恐らくその時点では確認がとれていなかったためと
思います。念のため、1942年12月までの新聞を調べてみましたが、大本営はこのカナダ
砲撃の発表はしていません。この外電で、充分とみたのでしょう。
いずれにしろ、カナダ初攻撃が日本の潜水艦によるものであることは間違いなく事実で
したが、ここでは伊26と伊25の艦船番号はまったくでてきていません。戦史には載っている
ところをみると、大東亜戦争が終わったあとで、明らかにしたのではないかと思います。
ヴィクトリアの海洋博物館にもしまた行く機会があれば、係員に聞いてみたいものです。
なお、貴兄から横田艦長の消息について質問がありましたが、横田{現 長谷川}氏は
海兵51期で、海兵1945年3月卒業の期は、74期ですから大正の終わり頃の卒業という
ことになり、明治末の生まれと推定され、存命されていないと思います。
また、もし本件で資料が入用でしたら、お申し越しください。
手持ち資料:伊26写真・伊26乗組員 岡 之雄の手記 B5 8ページ{砲撃・カナダ大佐訪日}
新聞 東京日日 1942,6,23・24 2枚
朝日 1942,6,23・24 9,23 4枚
読売 1942,6,23・24 5枚
今日は、この辺で。
カナダ初攻撃の続報、やっと図書館の調べを終えました。
1942年{昭和17年}の6月というと、5日に{以下、日本時間}ミッドウエー海戦があり、日本
海軍が惨敗し、ここから日本の負け戦が始まった月なのですが、大本営が空母4隻沈没を
1隻沈没、1隻大破とごまかした、逆に米空母2隻撃沈と報じたため、新聞はまだ勝ち戦の
紙面で景気の良い記事で埋っています。
カナダへの攻撃は、6月23日の朝刊にトップ記事でいっせいに報じられています。
いずれも派手な見出しをつけてー。
我が潜水艦カナダを奇襲
ヴァンクーヴァー島に出現 大胆軍事施設を砲撃 米英華府会談へ強力の応酬
「東京日日新聞」
カナダに初攻撃を敢行
バンクーバー島砲撃 わが潜水艦深夜の奇襲 華府会談最中へ実弾御見舞い
「朝日新聞」
我作戦カナダへ延ぶ
深夜バンクーバー島砲撃 潜水艦悠々海面に浮揚 重要軍事施設を破壊す「読売新聞」
この記事は実は大本営発表ではなく、3紙とも外電によるものです。
東京日日は、ブエノスアイレス本社特電で「カナダのオッタワ来電によれば、21日カナダ国防相
ラルストーンは20日ヴァンクーヴァー島西岸の重要軍事施設は突如海上に現われた日本
潜水艦から猛烈な砲撃を浴びせられた」と、報じ、
丁度、ワシントンでルーズベルト大統領とチャーチル英首相が会談しているときだったので、
その心胆をさむからしめたと景気の良い記事で1面の半分近くを使い、さらに社説にも「鋭鋒
カナダを突く」として、「日本は欲するとき、欲する箇所に向って攻撃を加えうる」と述べています。
朝日新聞は、上海特電、ストックホルム来電として、カナダ国防相が20日午後10時35分{現地
時間}日本潜水艦の襲撃を受けた、と、東京日日と同じ内容の記事を載せています。
この砲撃は米当局が声を大にして宣伝につとめている「ミッドウエー海戦の勝利」に対して、
わが海軍が与えた無言の回答である、との記事も書かれています。そしてさらに、3面には
バンクーバー島について、バンクーバーの領事であった外務省の根道広吉東亜局第3課長
の解説記事も載せています。
さらに、6,25の紙面でカナダ国防省のロールストンは下院で「砲撃は重要軍事施設に対し、
50発以上の砲弾が近距離から発射された。その間カナダ沿岸防備隊は敵潜水艦を撃退
し得ず、カナダ空軍も出動したが時期を失し、反撃の機会を逸した。敵潜水艦の行動は海岸
からも明瞭に認められた」と発表している。 {マドリード特電23日発 オッタワ発AP電}
読売も東京日日と同様に、ブエノスアイレス本社特電のかたちでカナダ太平洋岸防備司令部
の発表として、同じく日本潜水艦の攻撃を伝えていますが、この発表記事には「わが方の重要
軍施設は被害を蒙った」とあります。
他の新聞でもこの防備司令部の発表が載せてありますが、被害に触れているのは、読売だけ
です。また、3面に前述の根道氏と海洋会主事高橋重彦氏のバンクーバー島の解説記事を
載せています。
この攻撃の直ぐ後に、米本土オレゴン州も砲撃したことは前回でお知らせしましたが、その
記事も翌日、1面トップで載っています。しかもこの記事も、大本営発表でなく、中立国からの
外電によるものです。
潜水艦からの電波の発信は位置を知られるため、安全が確認できる場所まで発信しない
ようですが、大本営の発表がないのは恐らくその時点では確認がとれていなかったためと
思います。念のため、1942年12月までの新聞を調べてみましたが、大本営はこのカナダ
砲撃の発表はしていません。この外電で、充分とみたのでしょう。
いずれにしろ、カナダ初攻撃が日本の潜水艦によるものであることは間違いなく事実で
したが、ここでは伊26と伊25の艦船番号はまったくでてきていません。戦史には載っている
ところをみると、大東亜戦争が終わったあとで、明らかにしたのではないかと思います。
ヴィクトリアの海洋博物館にもしまた行く機会があれば、係員に聞いてみたいものです。
なお、貴兄から横田艦長の消息について質問がありましたが、横田{現 長谷川}氏は
海兵51期で、海兵1945年3月卒業の期は、74期ですから大正の終わり頃の卒業という
ことになり、明治末の生まれと推定され、存命されていないと思います。
また、もし本件で資料が入用でしたら、お申し越しください。
手持ち資料:伊26写真・伊26乗組員 岡 之雄の手記 B5 8ページ{砲撃・カナダ大佐訪日}
新聞 東京日日 1942,6,23・24 2枚
朝日 1942,6,23・24 9,23 4枚
読売 1942,6,23・24 5枚
今日は、この辺で。

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