よしなし言(06-02-24)[s]
有名な「肉体の悪魔」はついぞ観る機会を失いましたが、今チャンスがあれば観たいものですね。 ただこちらのビデオ店で不自由なのは、英語の題名がわからないと、雲を掴むようなことになります。 爽やかなジェラールフィリップにはとうとうお目見えすることなく、年をとってしまいました。 レイモンラディゲには、当時高校生だった弟が心酔していましたが、今度会ったら、その思い出を訊いてみましょう。
私の専攻でしたらどなたにお話しくださっても結構です。 私は口が堅いのではなくて、その反対です。 実は大事なことでも、思慮もなく、ペラペラお喋りするのです。 危ない危ない。 かねて言葉に不自由している日常生活ですから、たまに日本語が通じると、頭より先に舌が動いて、心にもないことが、つい口をついて出てくるのです。 ですから、今の世捨て人の境遇は、失言のバランスを多少取り戻すことになって、助かっているのです。
私が慶應だというと、意外な顔をする人がいます。 私があまり慶應的でないからでしょう。 かといって、早稲田のあのトンガリ帽子が似合うとも思えないのですが。
私の生涯は、何事にも、正面から取組もうとせず、斜に構えて、氷の上を滑ってきました。 文学部を受けたのは数学の試験が無かった為。 それでも一浪してようやく入れた時も、今度は横文字の負担を少なくしたいと、東洋史にしました。 別に歴史が好きだったわけではなく、学校の先生になるのなら、歴史がよかろうと、アサハカな考えからです。 英数はダメでしたが、漢文にはあまり抵抗を感じませんでした。 いずれ大学院に行って教職課程もとりたいと思ったのですが、同和火災が無試験で採ってくれるというので、教師になる前に2~3年浮世の経験をするのもよいだろうと、応じたのが、大きな誤りでした。 BBCに行く時も、CBCに雇われる時も、無競争の無試験。 東洋史の松本信広先生は、ちゃんと私のぐうたらな性格を見抜いておられたのですね。 先生に嫌われていたので、大学院も無理だったかもしれません。 あとでラジオのぬるま湯に浸かったのはよいが、出るに出られず、定年となって放り出されました。
さて、人種偏見ですが、私が鈍感だったせいもあるでしょう。 むしろイヤな思いをしたのは、日本人の方が圧倒的に多いです。 これも一種の人種偏見かな? 勿論立派な、尊敬すべき人格者も沢山存じ上げていますが、それは少数派。 私は、いつもマイノリティの立場にいて、まわりにプレッシャーが存在する環境が、カンファタブルなのです。
大会社や銀行に勤める、威張った日本人や、海外でウロウロする薄汚れた唐人お吉をみると、アレルギーを覚えます。 ということは私が病気ということですが、なかなか治りません。
生涯で一番快適だった職場は、CBCのフランス語テレビジョンのシネマテック。 私はフランス語ができませんからパントマイムでしたが、彼らは、「ムッシューアキラ、ノットウルジェント、トゥモロウ」と言ってくれる。 彼らはフランコフォンですが、ジェントルマンでした。
逆に地獄ではないが煉獄より悪かったのが、モントリオールで職場が同じだった日本人の女。 盗みは働く、嘘はつく。 そこまでは私もある程度同罪ですが、東京外語の出だというのに、英語は日本の中学生なみ。 仕事はしない、できない。 それでいて高慢、傲慢、強欲の権化。 骨ばった牛がクシャミしたような顔で、その50女が部屋に入ってくると、鼻をつまみたくなりました。 そんなこともあって、私は、臨床心理学者、精神科医のご厄介になる羽目となったのですが、眉の間の縦皺も深くなり、未だに思い出しては悪夢にアタックされるという情けない有様です。
私の専攻でしたらどなたにお話しくださっても結構です。 私は口が堅いのではなくて、その反対です。 実は大事なことでも、思慮もなく、ペラペラお喋りするのです。 危ない危ない。 かねて言葉に不自由している日常生活ですから、たまに日本語が通じると、頭より先に舌が動いて、心にもないことが、つい口をついて出てくるのです。 ですから、今の世捨て人の境遇は、失言のバランスを多少取り戻すことになって、助かっているのです。
私が慶應だというと、意外な顔をする人がいます。 私があまり慶應的でないからでしょう。 かといって、早稲田のあのトンガリ帽子が似合うとも思えないのですが。
私の生涯は、何事にも、正面から取組もうとせず、斜に構えて、氷の上を滑ってきました。 文学部を受けたのは数学の試験が無かった為。 それでも一浪してようやく入れた時も、今度は横文字の負担を少なくしたいと、東洋史にしました。 別に歴史が好きだったわけではなく、学校の先生になるのなら、歴史がよかろうと、アサハカな考えからです。 英数はダメでしたが、漢文にはあまり抵抗を感じませんでした。 いずれ大学院に行って教職課程もとりたいと思ったのですが、同和火災が無試験で採ってくれるというので、教師になる前に2~3年浮世の経験をするのもよいだろうと、応じたのが、大きな誤りでした。 BBCに行く時も、CBCに雇われる時も、無競争の無試験。 東洋史の松本信広先生は、ちゃんと私のぐうたらな性格を見抜いておられたのですね。 先生に嫌われていたので、大学院も無理だったかもしれません。 あとでラジオのぬるま湯に浸かったのはよいが、出るに出られず、定年となって放り出されました。
さて、人種偏見ですが、私が鈍感だったせいもあるでしょう。 むしろイヤな思いをしたのは、日本人の方が圧倒的に多いです。 これも一種の人種偏見かな? 勿論立派な、尊敬すべき人格者も沢山存じ上げていますが、それは少数派。 私は、いつもマイノリティの立場にいて、まわりにプレッシャーが存在する環境が、カンファタブルなのです。
大会社や銀行に勤める、威張った日本人や、海外でウロウロする薄汚れた唐人お吉をみると、アレルギーを覚えます。 ということは私が病気ということですが、なかなか治りません。
生涯で一番快適だった職場は、CBCのフランス語テレビジョンのシネマテック。 私はフランス語ができませんからパントマイムでしたが、彼らは、「ムッシューアキラ、ノットウルジェント、トゥモロウ」と言ってくれる。 彼らはフランコフォンですが、ジェントルマンでした。
逆に地獄ではないが煉獄より悪かったのが、モントリオールで職場が同じだった日本人の女。 盗みは働く、嘘はつく。 そこまでは私もある程度同罪ですが、東京外語の出だというのに、英語は日本の中学生なみ。 仕事はしない、できない。 それでいて高慢、傲慢、強欲の権化。 骨ばった牛がクシャミしたような顔で、その50女が部屋に入ってくると、鼻をつまみたくなりました。 そんなこともあって、私は、臨床心理学者、精神科医のご厄介になる羽目となったのですが、眉の間の縦皺も深くなり、未だに思い出しては悪夢にアタックされるという情けない有様です。

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