Sunday, September 03, 2006

ブログを有難うございます (2006/09/03)[o]

小生の拙文のため、わざわざブログを作っていただいたとのこと、ご厚情を感謝します。

アウシュヴィッツのことは少しでも多くの人に知ってもらい、そして訪ねて欲しいところです。

あの文章を書くときも個人の感情をなるべく入れないように、客観的に書くよう、帰国後直ぐには書かなかったのです。
そのくらい印象が強烈でした。

今日は私信で少し裏話など書きます。

小生自身、ユダヤ人の芳しからぬ評判も、イスラエルのことも 僅かですが知っています。

しかし、一つの民族でありながら 帰る祖国を持たず、ナチスの暴力の前に 消えていった人がいたことは、事実なのです。

それは 人類の歴史の1ページとして、消すことは出来ません。

だから、小生も見なければならぬと思い続け、家内も絶対に行きたいと言っていたのです。

家内が出かける寸前まで 調子が良くなく、心配したのですが、思いがけず元気で、行く前に「夜と霧」を読んでいたので、小生のほうがびっくりしました。

行って良かった、百聞は一見にしかず、と、家内も言います。

「リオのカーニヴァル」と「アウシュヴィッツ」は、行かねば判りません。 全く性質のことなるものですが、一見に値します。

無教養で信心の一回もしたことが無い年寄りの小生ですら、感じることが沢山あったのですから、感受性の強い若者に 是非、見に行って欲しいと念じています。

現地で会った日本人は 我々のようなツアー以外では、若い男性一人でした。
例の「地球の歩き方」を手に持って、一人旅でした。

勿論ガイドなしだったので、小生が「一緒に聞いていったら」と声をかけたら 喜んでついてきました。

彼は 我々のようなイヤホーンは持っていないので、中谷さんの声を聞きたかったのか だんだん前に出て、何時の間にか中谷さんの隣にずっとついて 話を聞いていました。

中谷さんも ツアーの一員でないことは直ぐわかったようですが、彼に口を寄せるように話してくれていました。

それは、正に 中谷さんが言っている「ここから平和を伝えたい」という姿勢そのものに見えました。

見学終了後、中谷さんに名刺を出して挨拶し、今後聞きたい事が出るかもしれないので、と言って 名刺を貰いました。

彼はシャイな人で ツアーのみんなのお礼の拍手も受けずに そこそこに帰っていきました。

彼は ポーランド語の試験に受かって 97年から このガイドをしているそうです。

帰国後、金嬉老の本を贈ったりして 一応、連絡の取れる形にしてあります。
TBSのビデオも、貴兄の分と2本とって、中谷さんへ送るつもりです。

ALOHAさんが軽井沢のことを言ってきたそうですが、小生、実は 軽井沢は通過したことはありますが、泊まった事はありません。 従って、食べ物も 景色も 良く知らず、彼の指摘で苦笑していたところでした。

単なる避暑地の例なのに、真剣に書いてきて こちらが戸惑ったことでした。

ただ、彼も ユダヤ人には思いがあるのを感じ、そうした感情を持つ人こそ 見に行ってもらいたい と思っています。

9月に入って少し涼しく感じます。 体調回復に 少し休みながら 家事をやっています。

仕事は今年いっぱいの契約切れで止める決心をしました。

では、貴兄も体調に気をつけて!

(06/09/03)

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