Tuesday, October 24, 2006

貴重な投稿有難うございました (2005/10/240[s]

力のこもったエッセーを次々にお送りいただき、深く感謝しています。

「正義はあるのか」  この問いはこれからも永遠に続けられることでしょうね。

50年前に岩波文庫で読んだだけのおぼろげな記憶ですから、あまりあてにはなりませんが、福沢諭吉が、「ロシア人だけはわからなかった」と言っていたように思います。 何でも見てやろう精神の旺盛な青年福沢ですから、何事にもたじろがなかったはずなのに、ロシアを訪れた際、正体不明のロシア人から、「ロシアに残らないか」と言われ、さすがの福沢青年も気味が悪くて断ったと記憶しています。 その頃からロシア人というのは、何を考えているのか正体も本心も掴めない存在だったのですね。

坂倉氏のお父さんも、シベリアで抑留され、無事帰ってきたからよかったものの、お父さんや留守家族の苦労を自分の妻子には繰り返させまいとアロハさん自分で自分に誓ったようです。

私は近頃ラフマニノフを時々CDで聴くのですが、荒涼としたロシアで育ったラフマニノフが、どうしてあのような甘美でロマンチックな音楽を創造できたのか不思議でなりません。 そのラフマニノフもソビエトロシアには住めなかったのでしょう。 アメリカに亡命したわけですが、あのフランケンシュタインの従兄弟みたいな硬い表情の天才は、音楽の世界のミケランジェロのようなみずみずしい感性と活力を秘めていたわけですね。

チャイコフスキーにしても、不幸な生涯で、悲劇的最期でしたが、シンフォニーの題も「悲愴」。 それなのに、秋山和慶さんによると、北米のコンサートで最も人気のある作曲家なんだそうですね。

私は、ドストエフスキーはおろか、トルストイも殆んど読んでいません。 それにしも米川正夫さんの翻訳で精神の糧をうけた日本人は測り知れないものでしょう。 私も「戦争と平和」の翻訳を一度だけ通読して、専攻は史学科に決めたのでした。 今にして思えば、私自身も、ロシア文学と米川正夫氏の働きに影響を受けた一人だったのですね。

どうかお元気で。    (06/10/24)

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