Saturday, October 07, 2006

アンナのかばん (2006/10/07)[s]

ホロコースト教育資料センターの石岡史子さんのことは、日本でも広く知られていると思いますが、彼女の名前と活動は、カナダでは有名です。 というのは、私がたまたまラジオを聴いていて、「フミコイシオカ」の名前を耳にしました。 感動的なドキュメンタリーの番組でしたが、その後、テレビの番組となり、何度も放映されたので、石岡さんと「アンナの鞄」はすっかり有名になりました。 

ここにグーグルで検索した石岡さんのページを転載します。 ご了承ください。

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石岡史子(いしおかふみこ)さん ホロコースト教育資料センター
http://www.ne.jp/asahi/holocaust/tokyo/

2000年3月、石岡さんのもとに古びた茶色い皮のスーツケースが届いた。そのおもてには、白いペンキで持ち主の名前「ハンナ・ブレイディ(Hanna Brady)」と生年月日、そしてドイツ語で「孤児」の文字が大きく記されていた。

ホロコーストを通じて子供達に平和の大切さを理解してもらおうという活動を始めていた石岡さんは、開設して間もないホロコースト教育資料センターに何か実物を展示できないかと、1999年秋にアウシュビッツ博物館を訪れ子供の遺品の貸し出しを依頼していた。

その半年後、突然送られてきたスーツケースに、センターに定期的に集まる小学生から高校生のボランティアグループ「小さなつばさ」の子供たちの好奇心もふくらんだ。「ハンナのことをもっと知りたい」。子供たちの声に押されて、石岡さんは欧米各地の博物館に問い合わせ、ハンナが生れ育ったチェコにも足を運んだ。石岡さんの粘り強い努力にいくつかの幸運が重なって、わずか数ヵ月後にはハンナの兄ジョージがカナダのトロントで生存していることを突き止めた。2001年3月、ジョージは日本で57年ぶりに妹のスーツケースと再会を果たした。

この話をカナダの放送局がラジオ番組として放送、番組のプロデューサーが書いた「ハンナのかばん(Hana’s Suitcase)」は児童書部門でベストセラーになった。石岡さん自らが翻訳した日本語版も昨年7月に出版され、すでに2万7千部が子供達の目に触れた。フランス語版も昨年秋に出版され、今後も10カ国語以上に翻訳される予定という。昨年10月、初めてスーツケースを持ってトロントを訪問した際には、映画化の話まで飛び出した。しかし「あまりドラマチックに作られても困る。この話は大切に伝えていきたいので、実現するとしても何年も先になるのでは」と石岡さんは慎重な姿勢を崩さない。

石岡さんは1970年東京生れ。92年テンプル大学日本校を卒業後、英国リーズ大学院開発学部で人権や女性問題を学んだ。帰国後97年に仲間に誘われて、子供のためのアンネ・フランク展示館を開設しようというNGOに参加。98年10月、東京・新宿のマンションの1階に展示室を兼ねたホロコースト教育資料センターを開設するとともに代表に就任した。

運営費は100人ほどの会員からの会費とその他の寄付金だけ。不況下で寄付金集めもままならず、今年4月には資料の展示室を休館、現在は学校の文化祭や自治体の催し物に展示パネルを貸し出したり、石岡さん自身がハンナのかばんを持って訪問授業や講演会などで全国を飛び回って活動を続けている。

中東情勢が緊迫化するとセンターの活動を批判する意見も寄せられる。カナダで講演した時は、旧日本軍の戦争犯罪を指摘されたこともある。しかし、政治や宗教を超えた平和教育にこだわりたいとの信念がその活動を支えている。「個人のレベルで、人種や宗教の異なる人たちがどうやって平和を作り出せるか。他人の傷みを理解できる社会作りに教育という立場から貢献したい」。2年後には高校の英語の教科書にハンナのかばんの話が取り上げられることになりそうだという。

「小さなつばさ」の子供たちと「ハンナのかばん」を読んだカナダの子供たちとの交流も始まった。現在石岡さんは、日本の子供たちが書いた手紙を携えてカナダを訪問している。

コンタクト情報:
ロコースト教育資料センター Tel: (03)5363-4808
E-mail:holocaust@Tokyo.email.ne.jp

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以下は私の言葉です。

私も何度かこの番組をみて、「日本にも偉い女性がいるものだな」と感激しました。 石岡さんは、チェコをリサーチのために訪れ、ハンナの消息の手掛かりを探しているうちに、飛行機の出発の時間が迫ってきました。 その時、ハンナの兄さんがトロントに生存していることがわかり、胸が高鳴ります。 しかしその兄さんがどんな反応を示すかわかりません。 そこで手紙を書きました。 そのレターを受け取った兄さんは驚愕。 そして2人は出会うことになり、以来その鞄を携えて、アメリカやカナダの学校を訪れ、子供達にハンナの事を話します。そうして感動の輪がひろがっていきました。

後に、その古びた鞄が、年代よりも新しいことに気付いた兄さんの娘が、鞄が本物か疑問を抱いたこともありました。 それを最初に送った博物館が、実は本物ではなかったことを認めて謝罪する一幕もありました。 しかし、ハンナの短い生涯は事実でした。 ハンナの幼い頃の写真と石岡さんのイメージは今や重なって、平和を訴える強い働きをなしています。

石岡さんの努力と貢献を讃えて、カナダの大学は名誉博士号を贈り、石岡さんはドクターイシオカとなりました。そういう人道的な貢献を若い石岡さんが実現してくれたことに、私も日本人の一人として誇りを感じます。    (06/10/07)

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