Tuesday, December 05, 2006

自由党の党首にS.ディオン (2006/12/05)[s]

「党首不在が長かった自由党だが、9ヶ月かかってようやく選出したね」

「自由党は万年与党、万年政府党と言われているから、今保守党に預けてある政権も返してもらう日も近いだろう。 そうすると、新党首のディオンさんは、首相のポストに最短距離にあるわけだ」

「それにしても、選挙の経過はドラマチックだったね。 ディオンさんは、出馬の段階では4位。 17%の票しか取れなかったのに、次の選挙では、2票の差で3位に。 この時涙を呑んだケネディ候補が、自分のグループの票をディオン候補に振り向けたのがドラマの山だった。 そして本命とみられていたイグナチエフ教授を逆転で破って、55%を獲得、首位に躍り出た。 5千人の代議員の潮が、僅か半日のうちに大きく転換したんだね」

「これで、3人連続して、ケベックから党首を出したことになる。 3人もケベック出身が続くということは、当初マイナス要因とされていた。 それにディオンさんは英語がペラペラではない。 まるで昨日ヨーロッパから移民してきたばかりの人のように、タドタドしく話す」

「でも、カナダ生まれのカナダ人だろう? たとえフランス語が母国語とはいえ。 それに大学で教えていた知性派だ」

「その訥弁が、誠実そうな人相とあいまって、信用のおける人だという印象を与えたのかな。 英語圏カナダ人の受けも、けっして悪くない。 好意的で、まずは蜜月ムードだ」

「最初は、英語が不自由ということが重大なハンディキャップイとされて、同僚の議員達も党の領袖も見放していたのだが、5千人が一堂に会して醸し出すダイナミックな心理のうねりが、意外も意外というどんでん返しになったなあ」

「ケベック市で51年前に生まれ、同市のラバル大学で政治学を専攻した。 その後パリで社会学の博士号を取って、モントリオールやパリで教えたが、ワシントンのシンクタンクの仕事もしていたようだ。 父親は憲法学者。 奥さんもミリタリーカレッジで教える学究一家だ」

「それに顔つきがいい。 いわゆる政治家の擦れた感じがなく、正直で信念の人という評判だ。 今でも、ブリーフケースでなく、ルックサックをかついで動き回っているそうじゃないか」

「ただ母親がフランス人だから、生まれた時から加仏の二重国籍だ。 今の総督だって、結婚してフランス国籍を取得していたのが問題になったからなあ」

「議員としては10年の経歴だが、クレチアン首相に登用されて閣僚となり、クレチアンの政敵だったマーティン首相にも見込まれて環境相となった。 愛犬の名前が「京都」ときけば、環境問題に対する打ち込みが感じられて嬉しいね」

「まだ党首になって3日目。 これから我々もステファン・ディオンについてもっともっと知ることになるだろう」

(06/12/05)

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