無事戻りました (2007/01/20)[o]
28℃のサイパンから5℃の成田に戻りました。サイパンでの荷物チェックは厳重で、400人のジャンボ機の乗客の荷物を全員分、機内預けも含め、1個1個全部、目の前で開けて調べる凄いもので、靴を脱ぐなど当たり前、そして、荷物を積み込んだら余計な荷物を積まれたら困るとでもいうように、45分も早く離陸しました。
成田から3時間のリゾート地は風が強いせいか温度の割りに暑くはなく快適でした。
指のひび割れもすぐ痛くなくなり、家内も泳いだり、好きな物を食べて、かなり健康状態は改善され、行った甲斐がありました。
お客の大半は日本人ですが、修学旅行できている高校生もあり、老若男女含めて来ていました。中国、韓国人も多いのですが、欧米人はほとんど来ていませんでした。
難点は物価の高いことで、グアム・サイパンとも食料から日用品まで殆どの物を輸入しているため、運賃代が嵩み、食事代も日本よりかかります。
そのせいか、観光客は減っているとのことですが、グアムの方が人気があるので、そちらに流れているのかもしれません。
サイパンでの観光は、例のバンザイクリフ・最後の司令部跡がメインで、現地のチャモロ人のガイドが案内してくれました。
大変な日本びいきでしかも日本通、天皇・皇后両陛下が2年位前にサイパンを訪問したときに、どんなお辞儀をされ、それがどんなに素晴らしいもので、周囲の人たちが感激したことをまるで、昨日両陛下が見えたように話し、チャモロの年配のグループが「故郷」の歌を1番から3番まで歌ったら、両陛下が凄く喜ばれたとも言っていました。
バンザイクリフは前回訪れたときよりも更に慰霊碑の数が増えていました。毎年、清掃を兼ねて訪れる学校もあるそうです。
ガイドに前回来たときに不謹慎な日本人がいて、思わず怒鳴った話をしたら、先年ある会社の社員旅行があり、そのときに部長がクリフの展望台で社員にバンザイをさせ、写真を撮ったことがあったそうです。
その時は、別のあるチャモロ人がバスに戻ろうとしたその部長を殴り倒したと言っていました。
ガイドは、部長なら年配だし、サイパンの歴史を知っているはずなのにひどいものだ、と日本人も変ったと盛んに言っていました。
小生は、このサイパンを飛びたったB29によって二度も家を焼かれていますから、尚更気になるのでしょうが、もう、飛行場には軍用機は全く無く全部、グアムに移されていました。
島内にもたまに戦車の残骸が置かれているくらいで、戦争を感じさせるものは、前記の2ヶ所くらいでしょう。もう、そこはリゾート地なのです。
家内もサイパン着陸時から、手を合わせていましたが、バンザイクリフや司令部跡で頭を下げて、少し気が楽になったといっていました。
避寒の旅としては予定どうりでTシャツで短パンの約1週間が夢のようでした。
落ち着いたら、ブログに載せられるような話を書きます。 (07/01/20)
成田から3時間のリゾート地は風が強いせいか温度の割りに暑くはなく快適でした。
指のひび割れもすぐ痛くなくなり、家内も泳いだり、好きな物を食べて、かなり健康状態は改善され、行った甲斐がありました。
お客の大半は日本人ですが、修学旅行できている高校生もあり、老若男女含めて来ていました。中国、韓国人も多いのですが、欧米人はほとんど来ていませんでした。
難点は物価の高いことで、グアム・サイパンとも食料から日用品まで殆どの物を輸入しているため、運賃代が嵩み、食事代も日本よりかかります。
そのせいか、観光客は減っているとのことですが、グアムの方が人気があるので、そちらに流れているのかもしれません。
サイパンでの観光は、例のバンザイクリフ・最後の司令部跡がメインで、現地のチャモロ人のガイドが案内してくれました。
大変な日本びいきでしかも日本通、天皇・皇后両陛下が2年位前にサイパンを訪問したときに、どんなお辞儀をされ、それがどんなに素晴らしいもので、周囲の人たちが感激したことをまるで、昨日両陛下が見えたように話し、チャモロの年配のグループが「故郷」の歌を1番から3番まで歌ったら、両陛下が凄く喜ばれたとも言っていました。
バンザイクリフは前回訪れたときよりも更に慰霊碑の数が増えていました。毎年、清掃を兼ねて訪れる学校もあるそうです。
ガイドに前回来たときに不謹慎な日本人がいて、思わず怒鳴った話をしたら、先年ある会社の社員旅行があり、そのときに部長がクリフの展望台で社員にバンザイをさせ、写真を撮ったことがあったそうです。
その時は、別のあるチャモロ人がバスに戻ろうとしたその部長を殴り倒したと言っていました。
ガイドは、部長なら年配だし、サイパンの歴史を知っているはずなのにひどいものだ、と日本人も変ったと盛んに言っていました。
小生は、このサイパンを飛びたったB29によって二度も家を焼かれていますから、尚更気になるのでしょうが、もう、飛行場には軍用機は全く無く全部、グアムに移されていました。
島内にもたまに戦車の残骸が置かれているくらいで、戦争を感じさせるものは、前記の2ヶ所くらいでしょう。もう、そこはリゾート地なのです。
家内もサイパン着陸時から、手を合わせていましたが、バンザイクリフや司令部跡で頭を下げて、少し気が楽になったといっていました。
避寒の旅としては予定どうりでTシャツで短パンの約1週間が夢のようでした。
落ち着いたら、ブログに載せられるような話を書きます。 (07/01/20)

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