道徳の教えは易しい表現で (2007/01/08)[s]
イノさんへ、
世界各地で異常気象による暴風雨や雪が暴れまわっているようですが、カナダも例外ではありません。 バンクーバーもやられています。 こちらの冬は雨のシーズンですが、今年はやはり記録破りの強風が吹き荒れ、数千本の巨木が根こそぎ倒れ、スタンレーパークの再開もいつになるか危ぶまれています。 それだけでなく、秋には貯水池が汚濁する危機に見舞われ、その上に何万戸という家が長期の停電で打撃を受けました。
イノさんのエッセーによると、人の心にも異常気象が発生しているようですね。 それも世界各地で似たような惨事が起こっているようにみえます。 私は新聞を読まないのでニュースには疎いのですが、バンクーバーでも住宅街で日中アタックされるケースが起きています。
こうした問題が教育勅語で解決されればいいのですが、どうもスケプティカルです。 確かに万古不易の真理が綴られた名文だと思います。 私も小学校の時暗誦させられました。 しかしながら私はちっとも聖人君子の境地には近づけませんでした。 ALOHAさんの学んだ慶應の幼稚舎と私の小学校では大違いだったのでしょう。 意味もよく判らず、御題目を唱えるだけのカラ念仏。 それよりは、教壇に立つ先生の真摯な人格の方が強く印象に残っています。
教育勅語復活論を先日「カナダこのごろ」に掲載したところ、直後に6人の読者が解約しました。 多分偶然でしょうが、教育勅語に反撥したのかなと一瞬勘繰りました。 団塊以降の世代には教育勅語や修身という言葉がアレルギーを起こすのでしょうか。
戦時中我々の学校に陸軍の部隊が駐屯していましたが、軍人勅諭だか戦陣訓だかをスラスラ暗誦できない兵隊さんが上官にビンタをくらっていました。 この前も言いましたが、「生きて虜囚の辱めを受くる勿れ」と言った東條首相が自ら虜囚になったのですから、兵隊さんも殴られ損でしたね。
日本軍の支那派遣軍司令官が、「物を盗るな、火をつけるな、強姦するな」とだけ諭したそうですが、軍人勅諭や戦陣訓より遥かに直裁簡明。 上意下達はこうあるべきでしょう。
札幌農学校で学則を作ろうとしてクラーク博士にお伺いを立てたところ、「BE GENTLEMEN だけで十分」と言われたそうではありませんか。 これもけだし名言です。
戦前慶應の教室には「道にあっては老幼婦女に譲れ」という意味のことが書いてあったと聞きました。 小泉信三塾長の教えだったそうですが、「大学生にそんな子供めいたことを」と批判の声もあったことでしょう。 しかし敢えてそういう具体的な教えを打ち出したところに小泉博士の教育者としての真面目があったのでしょう。
山本五十六の「やってみせ言ってきかせてその上で褒めてやらねば人はせぬぞよ」という歌は有名ですね。 千利休の茶の湯の心得を説いた歌もまるで現代文のように判りやすい。
道徳教育も、先ずケーススタディで具体的な事例を取り上げ、平明に説いてくれれば、凡庸な私でも少しは身と心に残ったかもしれません。 福音書に記されたイエス・キリストの教えもほとんどが寓話の形で説かれています。 人類に普遍的な道徳の原理も二十一世紀にふさわしい新しい装いがあるのではないかと思うのです。
(07/01/08)
世界各地で異常気象による暴風雨や雪が暴れまわっているようですが、カナダも例外ではありません。 バンクーバーもやられています。 こちらの冬は雨のシーズンですが、今年はやはり記録破りの強風が吹き荒れ、数千本の巨木が根こそぎ倒れ、スタンレーパークの再開もいつになるか危ぶまれています。 それだけでなく、秋には貯水池が汚濁する危機に見舞われ、その上に何万戸という家が長期の停電で打撃を受けました。
イノさんのエッセーによると、人の心にも異常気象が発生しているようですね。 それも世界各地で似たような惨事が起こっているようにみえます。 私は新聞を読まないのでニュースには疎いのですが、バンクーバーでも住宅街で日中アタックされるケースが起きています。
こうした問題が教育勅語で解決されればいいのですが、どうもスケプティカルです。 確かに万古不易の真理が綴られた名文だと思います。 私も小学校の時暗誦させられました。 しかしながら私はちっとも聖人君子の境地には近づけませんでした。 ALOHAさんの学んだ慶應の幼稚舎と私の小学校では大違いだったのでしょう。 意味もよく判らず、御題目を唱えるだけのカラ念仏。 それよりは、教壇に立つ先生の真摯な人格の方が強く印象に残っています。
教育勅語復活論を先日「カナダこのごろ」に掲載したところ、直後に6人の読者が解約しました。 多分偶然でしょうが、教育勅語に反撥したのかなと一瞬勘繰りました。 団塊以降の世代には教育勅語や修身という言葉がアレルギーを起こすのでしょうか。
戦時中我々の学校に陸軍の部隊が駐屯していましたが、軍人勅諭だか戦陣訓だかをスラスラ暗誦できない兵隊さんが上官にビンタをくらっていました。 この前も言いましたが、「生きて虜囚の辱めを受くる勿れ」と言った東條首相が自ら虜囚になったのですから、兵隊さんも殴られ損でしたね。
日本軍の支那派遣軍司令官が、「物を盗るな、火をつけるな、強姦するな」とだけ諭したそうですが、軍人勅諭や戦陣訓より遥かに直裁簡明。 上意下達はこうあるべきでしょう。
札幌農学校で学則を作ろうとしてクラーク博士にお伺いを立てたところ、「BE GENTLEMEN だけで十分」と言われたそうではありませんか。 これもけだし名言です。
戦前慶應の教室には「道にあっては老幼婦女に譲れ」という意味のことが書いてあったと聞きました。 小泉信三塾長の教えだったそうですが、「大学生にそんな子供めいたことを」と批判の声もあったことでしょう。 しかし敢えてそういう具体的な教えを打ち出したところに小泉博士の教育者としての真面目があったのでしょう。
山本五十六の「やってみせ言ってきかせてその上で褒めてやらねば人はせぬぞよ」という歌は有名ですね。 千利休の茶の湯の心得を説いた歌もまるで現代文のように判りやすい。
道徳教育も、先ずケーススタディで具体的な事例を取り上げ、平明に説いてくれれば、凡庸な私でも少しは身と心に残ったかもしれません。 福音書に記されたイエス・キリストの教えもほとんどが寓話の形で説かれています。 人類に普遍的な道徳の原理も二十一世紀にふさわしい新しい装いがあるのではないかと思うのです。
(07/01/08)

0 Comments:
Post a Comment
<< Home