Tuesday, April 24, 2007

「カナダこのごろ」から起きた奇跡 (2007/04/23)[o]

御推察のとうり、今月も家内に寝込まれて月の半分近くは家事、雑事におわれ何も自分のことができません。まだ、Polandの写真すらアルバムに貼ってないのですからひどいものです。コンサルタントの仕事が終わって、資料の本を50冊くらい捨てたのが唯一の仕事です。
眼の方はいかがですか?小生も白内障はもちろんありますが、薬で何とか進行を抑えていて、まだ手術には至りません。視力も衰えていますが、なんとか1.0を維持しています。それより記憶力の衰えがひどく、来年の運転免許更新で認知症の診察が義務づけられそうなので、それに引っかかるのが心配です。
貴兄の緑内障は最近はほとんど手術で治ると聞いていますが、そちらの先生は手術しないのでしょうか。
最近は、年を取ることの怖さを痛感しています。家事でもかなり疲れます。貴兄の眼が何とか少しでも良くなることを祈っています。
メールが遅くなりました。ごめんなさい。

杉さんと会う話をまとめましたので送ります。ただ、映画の話はあまり受けないようですし、杉葉子を知っている世代は少ないと思われそれが心配です。

”  今からもう1年以上前のことですが、たまたま映画の話を「カナダこのごろ」に投稿しました。
その際、私が高校1年のとき東宝で「青い山脈」という映画が出来ましたが、そのとき私は映画研究部にいて部長の先生に「今度の青い山脈という映画に出ている 杉 葉子さん という女優は新鮮で凄いみたいですね」と話したところ「それなら呼んでやろうか」と、先生が言い出したのです。
そんなことができるわけがないと思っていたら、本当に杉さんが学校に来ることになったのです。
たまたまその先生が戦時中上海にいたとき、当時の上海女学校にいた杉葉子さんを教えたので知っておられたのです。

そして、映画の封切られる前の昭和24年6月ころだと思いますが、杉さんが学校にきて話をし「青い山脈」の試写会をやることになったのです。杉さんが学校・新宿高校にくるのはもちろん初めてなので、先生から「お前校門まで迎えに出ろ」と言われたのです。
新宿駅の南口からの坂道を、杉さんがカツカツと歩いて下りて来られるのを、私は緊張してお迎えしたのですが、あと応接室までどうやって案内し、何を話したか、杉さんが全校生徒の前でどんな話をされたのか、全く覚えていません……

この”青春の一齣”を載せたところ、なんと読者のALOHAさんが そのメールを友人を通じてLOSに在住する杉さんに見せてくれたのです。
そして驚いたことに杉さんは「学校に行ったことを覚えています」とのことで、それ以来、杉さんとメールをやり取りすることになりました。

こうした経緯があったのですが、先日、杉さんから来日するとの連絡があり、私も是非お会いしたいとお願いしていたら、杉さんが受けて下さって、5月下旬に東京でお会いすることになりました。
58年ぶりの邂逅です。
こんな奇跡的な出会いがもてるのも、「カナダこのごろ」、ALOHAさん、そして杉さんに取り次いでくれたALOHAさんの友人のお陰です。

若い青春の血がいっぺんに戻ってきた感じで、今からわくわくしてお会いできる日を心待ちにしています。

お会いできたら、その内容をまたリポートします。
「カナダこのごろ」から起きた本当にびっくりな話をお伝えしました。   ”

ALOHAさんがいま日本に帰っておられるようなので、会いたいと思っていましたが家内の具合から見て時間を取れそうもないので、失礼することにしました。
(07/04/23)

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