Saturday, May 21, 2005

リテラリー・エージェント(05-5-21)

貴兄の名が、紳士録に掲載されていたのですか。 それはたいしたものです。 何万人に1人でしょう。 それも大会社の役付きで、自動的に載ったり外されたりするのと違い、放送作家、脚本家、コンサルタントとしての存在ですから、勤め先の肩書きだけが頼りの高級サラリーマンとはわけが違います。
プロテスタントのキリスト教で、よいと思うのは、神と自分の間に、係長も社長も存在せず、祈りを通じて、直接神と接することができるということです。 私は定年退職した時、ハイエラルキーから解放されて、身軽になったことを本当に喜びました。 収入は半分か3分の1に減りましたが、出費もかからなくなり、暮らしも楽になったような気がします。 「すまじきものは宮仕え」と言いますから、平安時代にも、似たような思いをした下級属僚がいたのでしょう。
さて、以前、著者と出版社の間をとりもつ代理店が日本にも一社あるということをお教えいただいたとのことですが、はて、どんなことだったかなあと、自分の記憶の衰退を嘆いているところです。
ラジオ評論家の山田耕嗣さんに訊いてみたところ、「日本には、リテラリー・エージェントというものはなく、出版社の編集部がその役割に相等するだろう」との返事でした。
こちらでは、リテラリー・エージェントが花盛りで、本屋のレファレンスブックの棚をみても、英語作品を取り扱うリテラリー・エージェントのディレクトリーが何冊も並んでいます。 辞書か中都市の電話帳なみの厚さの本ですが、北米のみならず、英語圏全体のエージェントをカバーしているのでしょう。 作家志望にとっては最も大事なインフォメーションです。
演劇関係専門のリテラリー・エージェントもあります。 脚本家の書いた戯曲を、劇団に紹介して、コミッションをとるのでしょうか。
「ハリー・ポッター」を書いたJKロウリングも、出版社に相手にされず、1人のリテラリー・エージェントが読んでくれて、その価値を発見してくれたそうですね。 その人が、「女性が書いたことが判らないように」と、名前もイニシャルだけの「JKロウリング」にし、出版社を説得し、世に出したそうです。 現代の英国でもセクシズムが存在するとは意外ですが、私もセクシスト。 こうした真摯な男性リテラリー・エージェントに比べて、原稿を足蹴する日本の「下読み嬢」のおふざけにはひそかに憤慨するのです。
日本の「ハリー・ポッター」の訳者は亡夫の遺した出版社の社長だそうですが、イギリスで「この本を翻訳して出せばビルが建つ」と言われて、飛びついたそうですね。 エージェントが無名の作家の原稿を読んで宝を見出すのと違い、商業的成功が約束されたものを持ってきて手柄にするところが、「やっぱりね」ろいう感じがします。
私が輸入機械を売っていた頃、機械の性能や価格よりも、「誰が買った? 何処に納めた?」ということが、日本の顧客の関心事でした。 出版社も訳者も、オリジナルな著者の知名度と、海外で何部ベストセラーになったかという確証が欲しいのは判ります。 ですが、デービッド・ハルバースタムのような、1950年代のベトナムで修羅場を踏んだ作家の”THE FIFTIES"が評判になると、すぐ日本でも女性による翻訳が出たようですね。 女性ではいけないのかと言われればグーの音も出ませんが、できれば1950年代を知っている日本人男子の手を煩わせたかったですね。 これも私のセクシズムと自認せざるを得ませんが。 
出版王国日本で、リテラリー・エージェントのサービスが無いというのは、不思議です。 先ほどの山田さんが言っていましたが、出版社の社長と一緒に海外旅行をすると、見物よりも先に、「東販の部長にお土産を買わなければ」と奔走するそうです。 出版社の社長が恐れるのは「泣く子も黙る取次店の幹部」。 日本独特の現象でしょうね。 

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