Friday, November 11, 2005

人生模様(05-11-10)[o]

先日、やっと杉葉子さんに手紙を書きました。
そろそろ仕事も終わられたかなと思い、同級生の出光の会長と一緒に撮った写真もあったので同封しときました。
返事がメールか手紙でくればまた「カナダこのごろ」に報告します。

実はスイスの写真もまだ整理してない状況で、身の回りは乱雑そのもので、ひどい状態です。
自分でも信じられないほど、やるべきことができません。僅か50枚の写真がどうにもならないのです。

こんなとき気分がめいると益々ひどい状態になると思い、自分の気分を高めるべくわが人生は苦労は当たり前と思うことにしたのです。

息子さんのグッバイの放送を聞かれましたか。
小生もスタジオまで伺っただけに感無量です。
私も放送作家になるのが大反対だったおふくろが、こっそり小生の番組を聞いていたとあとから妹に聞き、親はそんなものかなと思いました。

小生は20歳を過ぎたら自分の生活を作り、自分で責任をもってすべてやれ、の主義ですから心配はしても、口を出したことはありません。
今の親よりも昔のほうが厳しかったですね。

ここから、別の話

ALOHAさんへ
先日頂いた潜水艦の話のコピーに原本が日本の潜水艦長のハシモトモチツラになっていて、モチツラという変った名前に記憶があったので、調べてみました。
橋本以行 元中佐は、原爆をテニヤン島に運んだ帰途の米重巡インデイアナポリスを撃沈した伊58の艦長でした。バンクーバーには行っていません。

重巡は大東亜戦争で日本の潜水艦が沈めた最後の大型艦でした。1945年7月29日のことです。

橋本氏は1909生まれ、1931海兵59期卒、1942伊24の水雷長としてパールハーバー攻撃に参加、そして4~5の潜水艦長を歴任して最後に広島、長崎の仇を打ったわけです。
ALOHAさんの読まれた本の元は橋本氏の「伊58潜帰投せり」(1952,10鱒書房)かその再出版(1987,1朝日ソノラマ 2001,1学研)の翻訳と思います。

この本を読んで潜水艦のことを大分勉強させてもらいました。
バンクーバーでは17発の砲撃をしていますが、大砲の弾は上甲板の水防の筒には20発程度しか入っておらず、艦内から弾を揚陸するのは大変でしかも戻しにくい、そのためバンクーバーでは17発で終わっていること、また距離を目測で撃つ為極めて不正確で当たらないこと、など判りました。

また、アメリカ本土を爆撃した話で、搭載機は小型、鈍足(時速170キロくらい)飛ぶ準備に1時間、飛んでる時間30分程度、収容するのに1時間と、計2時間半から3時間近く潜水艦は浮上していなければならず危険大、しかもレーダーなど無い飛行機は帰ってくるのが大変。艦が見つからねば終わり、という状態で行なっていたとのこと。
飛行時間4千時間を超すベテランのパイロットを使ったので成功したそうです。

なお、重巡インデイアナポリス撃沈の話は「Abandon Ship!」の原題で1958年、ニューヨークのヘンリー・ホルト社からリチャード・F・ニューカムというAPの通信員で従軍記者だった人が書いており、日本でも翻訳されています。
  亀田 正訳「総員退艦せよ!」
ALOHAさんは恐らくこの原本を読まれていることと思います。
ワシントンで戦後裁判になり、マックベイ艦長が潜水艦回避のためのジグザグ行動をとっていたか、否かが問題になり、橋本艦長も証人として出席したので、全米中に有名になったようですね。

一つの伊26潜のバンクーバー砲撃の話から、いろいろ勉強させていただき、感謝しております。有難うございました。

                阿部 基治
                           」

鍼は効果が出るまで、半年や1年はかかると思いますよ。腰痛のような痛みには効果はわかりやすいでしょうが、貴兄の場合は辛抱してもよくしてください。朗報を首を長くして待っています。
では、また。
(05-11-10)

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