私は幸運でした(06-03-18)[s]
先日は、私が数字と機械に弱いから、文学部を目指したと書きましたが、文科以外に進める所は無いと思っていました。
でも、学部の4年間を一応終えて、縁故で入れてもらったのが火災保険会社。 ぬるま湯につかったまま5年いたのですが、あれが私の人生で一番無駄な時期でした。
それから結婚し、義父の関係でイギリスの機械メーカーの代理店として、包装機械の輸入販売を手掛けたのですが、これが当時の日本では需要のない分野。 給料もとれないまま走りまわっていたのですが、私がセールスマンとして失格と見抜いたイギリス大使館の商務官が「BBCに行ってみないか」とサジェストしてくれました。 そのひと言で私の後半の人生が変わったのですが、「数字と機械」に落第したのです。
「言葉とアイディア」という概念は、アメリカの子供向けの百科事典で見付けました。 いわゆる文系ですね。 そしてそういう人に適する職業として弁護士があげてありました。 私は、弁護士とは六法全書を片手に口八丁手八丁の三百代言でないとつとまらないものと思っていました。 ところが、アメリカやカナダでは、日本の司法書士や行政書士に相当する人が LAWYER なんですね。
職業適性の条件として、「読むことが苦痛にならない人」とありました。 つまり、電話帳でもチラシでも、活字の羅列を見て、頭にウヮーッとこない人なら、弁護士に向いているというわけですね。
日本でも、裁判官は、流行作家なみの量の執筆をこなすそうですが、弁護士の仕事となると、ただ只管読むこととは知りませんでした。
それと、日本では、大半の受験生が法学部を目指しますね。 ところが日本の法学部というのは、アメリカやカナダの LAW SCHOOL と違って、教養学部の事なんだそうですね。 こちらの日本人大学教授によると。
ですから、英語で履歴書を書く時は、皆さん、LAW FACULTY で勉強して、法学士の学位をお持ちということになる。 これはスゴイことです。 それなのに仕事はデパートの店員。 これがまたアメリカ人には不思議なことかも知れませんね。
ちょっと話は変わりますが、日本の大学で、日本文学を専攻したと言っても、人は尊敬してくれますかね。 それがアメリカでは、大学で英語か英文学の専攻したとなると、「ホーッ、それじゃ極めて優秀なんだね」と感心されます。 生まれた時から使っている言語を使って、英文学をきわめ、博士号を取ろうとするのは、天才的頭脳の持主と受け止められるんでしょうかね。
そのくせ、博士号を持っていてもなかなか就職できるチャンスはないようですが。 私の知り合いの博士も、スモールビジネスの帳簿付けをやっています。 タクシーの運転手にはザラにいるらしい。 今度最高裁の判事になった人も、修習中は食堂車の給仕をやっていたというのですから、西郷南洲翁が生意気な若者の鼻緒を黙ってすげ替えてやったという話を思いだします。
まして、学位も資格もない一介の未熟練移住者が、今までホームレスになることもなく何とか生き延びて来られたのは、極度の幸運に恵まれたとしか思えません。
でも、学部の4年間を一応終えて、縁故で入れてもらったのが火災保険会社。 ぬるま湯につかったまま5年いたのですが、あれが私の人生で一番無駄な時期でした。
それから結婚し、義父の関係でイギリスの機械メーカーの代理店として、包装機械の輸入販売を手掛けたのですが、これが当時の日本では需要のない分野。 給料もとれないまま走りまわっていたのですが、私がセールスマンとして失格と見抜いたイギリス大使館の商務官が「BBCに行ってみないか」とサジェストしてくれました。 そのひと言で私の後半の人生が変わったのですが、「数字と機械」に落第したのです。
「言葉とアイディア」という概念は、アメリカの子供向けの百科事典で見付けました。 いわゆる文系ですね。 そしてそういう人に適する職業として弁護士があげてありました。 私は、弁護士とは六法全書を片手に口八丁手八丁の三百代言でないとつとまらないものと思っていました。 ところが、アメリカやカナダでは、日本の司法書士や行政書士に相当する人が LAWYER なんですね。
職業適性の条件として、「読むことが苦痛にならない人」とありました。 つまり、電話帳でもチラシでも、活字の羅列を見て、頭にウヮーッとこない人なら、弁護士に向いているというわけですね。
日本でも、裁判官は、流行作家なみの量の執筆をこなすそうですが、弁護士の仕事となると、ただ只管読むこととは知りませんでした。
それと、日本では、大半の受験生が法学部を目指しますね。 ところが日本の法学部というのは、アメリカやカナダの LAW SCHOOL と違って、教養学部の事なんだそうですね。 こちらの日本人大学教授によると。
ですから、英語で履歴書を書く時は、皆さん、LAW FACULTY で勉強して、法学士の学位をお持ちということになる。 これはスゴイことです。 それなのに仕事はデパートの店員。 これがまたアメリカ人には不思議なことかも知れませんね。
ちょっと話は変わりますが、日本の大学で、日本文学を専攻したと言っても、人は尊敬してくれますかね。 それがアメリカでは、大学で英語か英文学の専攻したとなると、「ホーッ、それじゃ極めて優秀なんだね」と感心されます。 生まれた時から使っている言語を使って、英文学をきわめ、博士号を取ろうとするのは、天才的頭脳の持主と受け止められるんでしょうかね。
そのくせ、博士号を持っていてもなかなか就職できるチャンスはないようですが。 私の知り合いの博士も、スモールビジネスの帳簿付けをやっています。 タクシーの運転手にはザラにいるらしい。 今度最高裁の判事になった人も、修習中は食堂車の給仕をやっていたというのですから、西郷南洲翁が生意気な若者の鼻緒を黙ってすげ替えてやったという話を思いだします。
まして、学位も資格もない一介の未熟練移住者が、今までホームレスになることもなく何とか生き延びて来られたのは、極度の幸運に恵まれたとしか思えません。

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