ケベック今昔[s]
「イノさんへのご返事」
ご指摘のように、ケベックから3人の自由党党首が続き、その前のトルドーもケベックの出身、それにマッケンジー・キングの21年の長期政権をいれると、近代カナダでは自由党の神権政治がまかり通っているような印象が残ります。
その合間合間に保守系政権党が顔を出すのですが、マウルーニー進歩保守政党政府の10年は例外でした。 しかしマウルーニーとキム・キャンベルの進歩保守政権は苦いスキャンダル的な後味を残して消えました。
日系人と自由党との関係はどうでしょうか。 日系人に迫害を加えたのは自由党のキング首相とBC州の政治家でした。 キングは首相になる前からキャリア官僚として日系人に不信感を抱き排日の政策をとっていました。 そして太平洋戦争が終わっても、アメリカは即座に日系人をカリフォルニアなどの西海岸へ帰したのに、カナダ政府は、1949年まで日系人の西海岸への帰還を許しませんでした。
前にもお伝えしたように、キングは広島の原爆投下を知って、「ヨーロッパ人の上に落ちなくてよかった」と日記に書いています。 生涯独身で、死んだ母親と霊媒を通じて交流し、国政についても相談していたそうですが、そういう人物がカナダの権力のトップに坐っていたのです。
戦後45年経って、マウルーニー首相の進歩保守党政府は、日系人に対して謝罪しました。 アメリカのレーガン政権程の金額ではなかったのですが、アメリカにならってカナダ政府も日系人に補償金を出しました。 進歩保守内閣の中には、日系人に対する補償に反対した閣僚もいましたが、それは東欧から移住してきた、元フィギュアスケート選手でした。
中国人も、戦前から、人種偏見に基づく差別を長い間受けていたのですが、今年になって、ハーパー首相も、正式に謝罪しました。
かなり前になりますが、マニトバで、日系人の大学教授が、自由党から選挙に出馬したことがありました。 その時日系社会はソッポを向いたようで、誰も応援しなかったようです。
現在の保守党内閣では、ベブ・オダという日系女性が入閣しており、ヘリテージ大臣として文化行政を担当しています。
ディオンは、ケベックでどう受け止められているかというご質問ですが、実はディオンを誰よりも憎んでいるのは、ほかならぬ一部のケベック人なのです。 何しろ、ディオンは、ケベック独立に反対する統一カナダ陣営のチャンピオンです。 十代の少年時代には、独立論に傾いていたこともあったようですが、ムッソリーニが言ったように、「若い時に共産主義に傾かないのはバカだ。 そして年を取ってからも共産主義にしがみついているのもバカだ」いう言葉を思い出します。 誰でも若い頃は独立ケベックの理想に一度は燃えるのでしょう。 しかしディオンもその後研鑽を重ねヨーロッパから祖国を客観的に見て、統一カナダが正しいという考えに固まっていったのでしょう。
ですからディオンを嫌っているのは、ケベックの若い一部の独立主義者だろうと考えます。 彼らからみれば、ディオンは裏切り者の叛逆者なのかもしれませんね。
しかしケベックでも、年齢的に熟してきて、政治感覚にも幅がでてくると、フランス語系市民でも、ディオンに同調する向きも増えるのでしょう。 その数は今のところ若手の独立主義者を上回っているようです。 それにいくらケベック独立に反対だといっても、ディオンは正真正銘のケベックの申し子なんですから、分別あるケベック人ならディオンを後押しするのが自然ではないかと思います。
政治家にカリスマが求められ評価されたのは過去のこと。 トルドーマニアを巻き起こしたカリスマ旋風は40年前でした。 イノさんの言われるように、今は訥々とした話し方に誠実さが認められる時代が来ているのでしょう。
しかも、独立を標榜する政党のパルティ・ケベコアの党首は自他ともに認めるゲイ。 幾らケベックが開いた社会とはいえ、年輩のケベック人が若いゲイのリーダーシップを受け入れるほど受容性に富んでいるでしょうか。 連邦議会にあって独立を目指すブロック・ケベコアの党勢も、今は衰え気味のようにみえます。
(06/12/08)
ご指摘のように、ケベックから3人の自由党党首が続き、その前のトルドーもケベックの出身、それにマッケンジー・キングの21年の長期政権をいれると、近代カナダでは自由党の神権政治がまかり通っているような印象が残ります。
その合間合間に保守系政権党が顔を出すのですが、マウルーニー進歩保守政党政府の10年は例外でした。 しかしマウルーニーとキム・キャンベルの進歩保守政権は苦いスキャンダル的な後味を残して消えました。
日系人と自由党との関係はどうでしょうか。 日系人に迫害を加えたのは自由党のキング首相とBC州の政治家でした。 キングは首相になる前からキャリア官僚として日系人に不信感を抱き排日の政策をとっていました。 そして太平洋戦争が終わっても、アメリカは即座に日系人をカリフォルニアなどの西海岸へ帰したのに、カナダ政府は、1949年まで日系人の西海岸への帰還を許しませんでした。
前にもお伝えしたように、キングは広島の原爆投下を知って、「ヨーロッパ人の上に落ちなくてよかった」と日記に書いています。 生涯独身で、死んだ母親と霊媒を通じて交流し、国政についても相談していたそうですが、そういう人物がカナダの権力のトップに坐っていたのです。
戦後45年経って、マウルーニー首相の進歩保守党政府は、日系人に対して謝罪しました。 アメリカのレーガン政権程の金額ではなかったのですが、アメリカにならってカナダ政府も日系人に補償金を出しました。 進歩保守内閣の中には、日系人に対する補償に反対した閣僚もいましたが、それは東欧から移住してきた、元フィギュアスケート選手でした。
中国人も、戦前から、人種偏見に基づく差別を長い間受けていたのですが、今年になって、ハーパー首相も、正式に謝罪しました。
かなり前になりますが、マニトバで、日系人の大学教授が、自由党から選挙に出馬したことがありました。 その時日系社会はソッポを向いたようで、誰も応援しなかったようです。
現在の保守党内閣では、ベブ・オダという日系女性が入閣しており、ヘリテージ大臣として文化行政を担当しています。
ディオンは、ケベックでどう受け止められているかというご質問ですが、実はディオンを誰よりも憎んでいるのは、ほかならぬ一部のケベック人なのです。 何しろ、ディオンは、ケベック独立に反対する統一カナダ陣営のチャンピオンです。 十代の少年時代には、独立論に傾いていたこともあったようですが、ムッソリーニが言ったように、「若い時に共産主義に傾かないのはバカだ。 そして年を取ってからも共産主義にしがみついているのもバカだ」いう言葉を思い出します。 誰でも若い頃は独立ケベックの理想に一度は燃えるのでしょう。 しかしディオンもその後研鑽を重ねヨーロッパから祖国を客観的に見て、統一カナダが正しいという考えに固まっていったのでしょう。
ですからディオンを嫌っているのは、ケベックの若い一部の独立主義者だろうと考えます。 彼らからみれば、ディオンは裏切り者の叛逆者なのかもしれませんね。
しかしケベックでも、年齢的に熟してきて、政治感覚にも幅がでてくると、フランス語系市民でも、ディオンに同調する向きも増えるのでしょう。 その数は今のところ若手の独立主義者を上回っているようです。 それにいくらケベック独立に反対だといっても、ディオンは正真正銘のケベックの申し子なんですから、分別あるケベック人ならディオンを後押しするのが自然ではないかと思います。
政治家にカリスマが求められ評価されたのは過去のこと。 トルドーマニアを巻き起こしたカリスマ旋風は40年前でした。 イノさんの言われるように、今は訥々とした話し方に誠実さが認められる時代が来ているのでしょう。
しかも、独立を標榜する政党のパルティ・ケベコアの党首は自他ともに認めるゲイ。 幾らケベックが開いた社会とはいえ、年輩のケベック人が若いゲイのリーダーシップを受け入れるほど受容性に富んでいるでしょうか。 連邦議会にあって独立を目指すブロック・ケベコアの党勢も、今は衰え気味のようにみえます。
(06/12/08)

0 Comments:
Post a Comment
<< Home