Friday, June 10, 2005

人間不信に対する返事(05-6-10)

この前いただいた貴兄のお便りの中の、「考えてみると相手は平気なわけで、人間の価値など何ではかれるのか分りません。 貴兄の遭遇した人たちも今、平然と暮らしているのでしょう。」という文章は、心にズシリと重みを感じました。 本当に、「これが人間の本質だとすると、むなしいですね。」というお言葉、まったく身に沁みました。 また、私も同じような思いを、知らないうちに、誰かにさせていたこともあるのでしょう。
貴兄も神経科の医者に暫く通われたのですか。 似たような思いをされた方がおられると知り、気が幾分楽になりました。
この週末、バンクーバー・ガーデン・ショーに行ってきました。 古い屋敷街の広大なワンブロックを植物園にしてあるのですが、年に1回、大小のテントが数多く張られ、花やプラント、絵画やアクセサリーまで並べた即売村ができます。 それに行くのは、今年で3回目ですが、いささかショックだったのは、同じ情景に1年ぶりに接してみて、視力の衰えがはっきり判ったことです。 様々な趣向をこらした見本の庭園が、すべて濃霧の中でした。 
心の病よりも、目の病の方に注意を向ければ、過去の亡霊に悩まされる度合いも少しは減るのではないかと、自省したことでした。
そのショーに来ていたのは、殆どが白人のお年寄り。 それもご婦人が圧倒的でした。 アジア人の姿が見えないのでオヤ?と思いました。 
バンクーバーは、昔は知らず、今は半分がアジア人の町です。 ダウンタウンに行っても、モールを覗いても、大半は中国系の人達。 それが、ガーデン・ショーでは殆ど見かけません。 香港の人はガーデニングに興味がないのか。 それにしても白人ばかりとはおかしい。 うちの辺りは香港ストリートと言われるくらい、中国人が多いのですが、その庭の手入れをするのは、白人の庭師。 昔は、日本人が、白人の家の芝を刈っていたものです。 私も移住して来た当初、他の日系の移住者から、「お宅もガーテナー?」と訊かれたものです。 その日本人らしき人達も、ショーの会場では見かけませんでした。
うちの辺りは、当然昔は白人ばかり住んでいた所です。 ところが香港の中国返還が近づくにつれ、どっと香港から移住者が殺到。 そして、白人の2~3寝室の住宅を50万ドルで買い、家を取り壊し、さらに50万ドルかけて、7寝室5浴室3~4台車庫の豪邸を建てたのが香港ストリートです。
白人のお年寄り達は、50万ドルを手にして、郊外の新築の家か、コンドミニアムに移り住みました。  ですから、ガーデン・ショーに来ていた大勢の白人は、一体どこから現われたのか。 不思議に思いました。
先ほどグーグルで慶應の文学部の項目をみていたら、可児弘明という名前が見えました。 私どもの同学年で、「可児」という人がいましたが、一年留年したのか、次の年のクラスのに移っていました。 学生時代から東京の郷土史を手がけていた俊秀でした。 グーグルによると、その後慶應の教授になり、アジア事情の権威として、数々の業績を残したようです。 スマートなセンスのいい人でしたから、東洋史や考古学の先生として、学生のよき指導者になられたことでしょう。 50年ぶりにインターネットで遭遇した友人でした。
貴兄がもし仏文に行っていたら、恐らく教授の道を進んでいたかもしれませんね。 私の中学高校の頃は、小林秀雄が仏文派の旗手としてまばゆいばかりの存在でしたが、少年時代上京した折、三越でサイン会があると聞き、何はさておき行きました。 小林先生の尊顔は畏れ多くてよく見詰めることもできなかったのですが、墨痕鮮やかに書かれた署名は、「小丼」に見えました。 

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