Wednesday, June 15, 2005

食べること(05-6-15)

マレーシアの旅行はいかがでしたか。 それにしても、29,800円というのは驚くべき値段ですね。 海外旅行でも WAL-MART 式の原価計算が成り立つのでしょうか。 国内旅行はもっと高いのではありませんか。 仮に大阪まで足を伸ばすとしても、その料金で行けるかどうか。 
「ぶらり途中下車の旅」をみていると、旅人が、3千円、5千円、7千円のご馳走に舌鼓をうっています。 まあ9百円ぐらいのお値ごろランチも時には登場しますが。 私は、残念ながら、年をとって味覚もにぶってきましたから、美味しいと聞いても、どこかまで足をのばして、美味を求めようという意欲が衰えてしまいました。 老化現象が色々な面で確実に現われています。
先日は、東洋史で同級だった中村勇兄がメールを呉れました。 彼はE組ですが、最近17人集まったそうです。 幹事は今さんだったそうですが、彼女も中央大学名誉教授だそうです。 「名誉」がつく年代になったのですね。 大学で教えていたとは知りませんでした。 日本の女性の平均寿命は84才だそうですから、彼女もあと10年か12年は現役で通用しそうですね。
昨晩は教会で新しい求道者のための集まりがあり、35人の若い人達に、紙のお皿とプラスティックのフォークで、パスタとサラダ、デザートの夕食を出しました。 料理人は家内で、私は材料の運び役と毒見だけ。 若い女性が台所に入ってきて、「アナタが全部の料理をこしらえたの」とからかいますから、「NO SPEAK ENGLISH」と逃げて煙に巻きました。
教会では、ほかに、月曜の夜150人のホームレスに夕食を、火曜と木曜のお昼に70人の先住民族の軽食を出していますが、若い男女で料理が得意という人達が、ボランティアとしてよくやってくれます。 イエスも「貧しい人達によくしてあげなさい」と教えているので、教会が伸びているのも、こうした若い人達の奉仕のおかげなのかもしれません。
日本の国会のことを DIET と言いますが、語源はなんでしょうかね。 もし議会でも、食べながら話し合いを行えば、議論ももっと CIVILIZED なものになるのでしょうが。 
昔ケンブリッジに夏休み行った時に、カレッジの食堂で、一人黙々と食べている学生がいました。 誰かが、「イギリスの大学では、学寮で食事を摂る回数も、卒業の資格にかかわるのだ」と言っていましたが、真偽の程は知りません。 池田潔先生のクラスではそんなことは聞きませんでしたが、ケンブリッジから遠征にやってきた学生達が、ロブスターの食べ方を知らなかったという話をされたことは覚えています。  
当時三田に、カーメン・ブラッカーというケンブリッジからの女性が研究にきていて、図書館の一隅のテーブルに斜に座っていました。 誰かが「何故福沢諭吉の研究をするんですか」と訊いたところ、「さあ、何かの因縁でしょうねえ」と答えたという話。 彼女も、当時英国の耐乏生活 AUSTERE 精神を東京に持ち込んだのか、学生ホールでの食事も、御飯にソースをかけただけの「ソース・ライス」だったという伝説がありました。 
「CHARIOTS OF FIRE」という映画で、ケンブリッジの教授と学生が正装して会食する場面がありますが、「ソースライス」とはかなり異なったものでした。 イギリス人は、「フランス人は食べるために生きる」と見下しますが、「生きるために食べる」イギリス人とっても、食事は大事な儀式の一つなんでしょう。 
ある貧しい家を突然訪れた際、食堂のテーブルの上に、夫婦二人分の皿と銀器、それにナプキンがきちんと畳まれて置いてありましたが、国民性の一面に触れたような気がしました。 それ以後何回かそんな場面に出くわしましたが、いずれも同じで、茶道のたしなみに相通ずるもののように感じました。

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