Saturday, October 06, 2007

難しい返事 (2007/10/06)[o]

貴兄の奥様との会話を拝見し、考えさせられました。

私は、家内の看病を6年やりましたが、そんな自分が先か後か考えずに過ぎてしまいました。
考える余裕がなかったというのが真相でしょう。

確かに家内が倒れた当初、家の中の物の置き場所が判らず困りましたが、結局は自分でやらねば誰もやってくれるではなし、今は家内の下着をどうたたみ、しまうかまで、覚えました。

貴兄が残された時は私と同じようにすると思います。

家内に先立たれた時の貴兄の選択肢は私の親父と同じですが、あとに残されたものはたまりません。

私は未だにもし親父が生きていれば幾つで、どこへ連れて行こうかと考えます。
そのくらい親父の亡霊に悩まされます。

ただ、私は自分が先に逝くと思っていますから、話すことは葬儀とか通知する人のことです。

先日高校の友人を含め、三人と話してびっくりしたのですが、全員、死んだら密葬、僧侶なし、身内だけ呼ぶ、墓無し、散骨で一致したのです。

葬儀に馬鹿な金はかけない、無宗教、人間がいちいち墓を造っていたら、国中墓だらけ、所詮、人間はたくさん出現し消えていくのだから、散骨で充分。

今は、遺骨をペンダントにしたりして、肌身離さず持ち歩くことも流行っているそうで、こんなのも良いのでは……。

これが、貴兄に会話に対する私の考えです。

同期の者も、かなりこれに賛同者が多いことを見ると戦前派は生への執着がかなり薄いのかも知れません。

旅から帰って3日間寝て、やっと少し元気になりました。

逆に家内はすごく元気になり、炊事洗濯と大活躍。
私の出番はなくなりました。

このまま治ってくれれば、旅の成果は十二分というところです。

最近は、起きるのが9時過ぎ、ブランチを食べてスポーツクラブで少し運動し、クラブの温泉風呂に入って買い物をして帰る…こんな生活で文章を書くことも怠けています

つらい時は「喜びも悲しみも幾歳月」のビデオを見て おいら岬の灯台守は… と歌っています。
これが、一番元気が出ます。

昭和32年、われわれが働き出した時に新潟の片田舎の工場町で、会社の経営する映画館で初めて見て大感激しました。

このビデオは送りましたか? 
それすら覚えていない健忘症です。
もしまだだったら送ります。

木下恵介はエピソードをつないで感動編を作る名手ですね。
二十四の瞳、野菊の墓ーー日本人向けの映画かも知れません。
黒沢とは全く違った巨匠です。

日本時間の9日10日と午後1時から、NHK衛星放送で「青い山脈」前後篇をを放送します、
もちろん杉葉子のものです。

もしそちらで見れたら、私のヨレヨレビデオよりはっきりしているでしょうから、ぜひご覧ください。

猛暑の夏から一変して涼しい秋になりました。
バンクーバーは20度以下のようですから、風邪を引かないように。
私みたいに2週間引きずっているのもいますから。
私ももう2,3日したら、もう少し動けるようになるかもしれません。

今日は思いつくまま羅列しました。
では、また。

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