懐かしの名画(05-5-10)
先日の「未完成交響楽」の乙女のシーンの件、確かにあります。シューベルトが質屋で金を借りたあと、外の「菩提樹」の歌声を聞き、その方を向くと、質屋の娘が「あの歌は最近凄くはやっていると」言い、彼が「あの歌は私が作曲したのだ」と答えるシーンがあり、そのとき1シーンですが、広場の泉を囲んで、乙女達が洗濯をしながら菩提樹を歌っているシーンが確かにあります。
質屋の娘が、こんなに流行っている曲の作曲家なら、楽譜が売れてお金持ちのはず、と言い、シューベルトが「私の曲は覚えやすいので楽譜は売れない」と答える有名なシーンです。
でも、よくここを覚えていましたね。
小生は、タイトルバックの風景がタイトルの文字が終わると動き出し、それが質屋に持ちこむ本物の絵だと判る最初のシーンが印象強く、この泉のシーンは覚えていませんでした。
それにしても、映画には印象的なシーンが多いですね。
「会議は踊る」の会議室の無人の椅子が前後に大きく揺れているシーン、「自由を我等に」のラストの男二人が広い道をふざけながら去るシーン{これはチャップリンが「街の灯」で真似しており、「モダンタイムズ」でオートメイションを真似したシーン同様、ルネ・クレールの影響大です}。
「第三の男」のウイーンの大観覧車、 「慕情」の丘の上の何の変哲もない樹{この樹は香港にはありませんでした。ハリウッドの近くで撮ったようです}、 「ローマの休日」のスペイン広場{この映画のあとヘップバーン気取りで、ここでアイスクリームを食べやる人が続出、食べこぼしも続出、遂に市はアイスクリームの販売と食べることを禁止しました}。
最近の映画ではこうした名シーンが見られなくなりましたが、なぜでしょうか。
そうそう、原節子と高峰秀子の歳を90近いと書きましたが、間違い。原さんは来月で85歳、高峰さんは81歳でした。
未完成交響楽のマルタエゲルトは生きていれば、93歳のはずです。死んだと言う情報はありませんから、存命かもしれません。
キャサリン・ヘップバーンは100歳で亡くなりましたから、まだ、有名俳優で存命の方は多いと思います。
原節子の「青い山脈」にはよい思い出があります。
この映画を、新宿高校で試写会をやり見せてくれたのです。
たまたま、小生、映画研究部に属しており、この映画の杉葉子という新人女優のことを話題にしたら、漢文の福家という先生が「それじゃー、杉葉子を呼んでやろうか」と言い出したのです。
話を聞くと、先生が上海の女学校で杉葉子を教えたとのこと。
それから話はよんとん拍子で進み、杉葉子が学校に来て話しをし、そして「青い山脈」の試写会をすることになったのです。
そして、高校の正門まで杉葉子さんを迎えに出るのが、なんと小生の役目になったのです。
新宿駅南口からの坂道を、杉さんがカツカツと足音も高く、一人で下りて来るのを、小生、正門で待っていましたが、杉さんに何と話して応接室までお連れしたか、全く覚えていません。
校舎からみんなが見ていて、真っ赤に緊張していたことしか記憶がありません。
昭和24年、高校1年のときでした。
映画の中で、恋文を読むシーンがあり「変しい、変しい新子様」と、「恋しい」が誤字で書かれているのをそのまま読む有名な台詞があり、流行語にもなりましたが、今のメールでは変換してしまうので、こんな誤字はなくなったと思いますが、逆に、漢字を書く学力は低下して、ラブレターも書けないかもしれませんね。
今日は思い出話になってしまいました。
今年の戦後60周年企画はかなり、日本でも多いようです。
NHKはラジオでもかなりの時間を割いて有名人の終戦時の話を聞いているようです。
カナダの兵隊が45,000人も亡くなったとは知りませんでした。
欧州が主体で、恐らく日本相手では少ないでしょうから、情報が流れてきていないと思います。
いずれにしろ、戦争が単なる人殺しに過ぎないことは明白です。
今も、どこかで馬鹿がやりたがっているようですがー。
では、また。
質屋の娘が、こんなに流行っている曲の作曲家なら、楽譜が売れてお金持ちのはず、と言い、シューベルトが「私の曲は覚えやすいので楽譜は売れない」と答える有名なシーンです。
でも、よくここを覚えていましたね。
小生は、タイトルバックの風景がタイトルの文字が終わると動き出し、それが質屋に持ちこむ本物の絵だと判る最初のシーンが印象強く、この泉のシーンは覚えていませんでした。
それにしても、映画には印象的なシーンが多いですね。
「会議は踊る」の会議室の無人の椅子が前後に大きく揺れているシーン、「自由を我等に」のラストの男二人が広い道をふざけながら去るシーン{これはチャップリンが「街の灯」で真似しており、「モダンタイムズ」でオートメイションを真似したシーン同様、ルネ・クレールの影響大です}。
「第三の男」のウイーンの大観覧車、 「慕情」の丘の上の何の変哲もない樹{この樹は香港にはありませんでした。ハリウッドの近くで撮ったようです}、 「ローマの休日」のスペイン広場{この映画のあとヘップバーン気取りで、ここでアイスクリームを食べやる人が続出、食べこぼしも続出、遂に市はアイスクリームの販売と食べることを禁止しました}。
最近の映画ではこうした名シーンが見られなくなりましたが、なぜでしょうか。
そうそう、原節子と高峰秀子の歳を90近いと書きましたが、間違い。原さんは来月で85歳、高峰さんは81歳でした。
未完成交響楽のマルタエゲルトは生きていれば、93歳のはずです。死んだと言う情報はありませんから、存命かもしれません。
キャサリン・ヘップバーンは100歳で亡くなりましたから、まだ、有名俳優で存命の方は多いと思います。
原節子の「青い山脈」にはよい思い出があります。
この映画を、新宿高校で試写会をやり見せてくれたのです。
たまたま、小生、映画研究部に属しており、この映画の杉葉子という新人女優のことを話題にしたら、漢文の福家という先生が「それじゃー、杉葉子を呼んでやろうか」と言い出したのです。
話を聞くと、先生が上海の女学校で杉葉子を教えたとのこと。
それから話はよんとん拍子で進み、杉葉子が学校に来て話しをし、そして「青い山脈」の試写会をすることになったのです。
そして、高校の正門まで杉葉子さんを迎えに出るのが、なんと小生の役目になったのです。
新宿駅南口からの坂道を、杉さんがカツカツと足音も高く、一人で下りて来るのを、小生、正門で待っていましたが、杉さんに何と話して応接室までお連れしたか、全く覚えていません。
校舎からみんなが見ていて、真っ赤に緊張していたことしか記憶がありません。
昭和24年、高校1年のときでした。
映画の中で、恋文を読むシーンがあり「変しい、変しい新子様」と、「恋しい」が誤字で書かれているのをそのまま読む有名な台詞があり、流行語にもなりましたが、今のメールでは変換してしまうので、こんな誤字はなくなったと思いますが、逆に、漢字を書く学力は低下して、ラブレターも書けないかもしれませんね。
今日は思い出話になってしまいました。
今年の戦後60周年企画はかなり、日本でも多いようです。
NHKはラジオでもかなりの時間を割いて有名人の終戦時の話を聞いているようです。
カナダの兵隊が45,000人も亡くなったとは知りませんでした。
欧州が主体で、恐らく日本相手では少ないでしょうから、情報が流れてきていないと思います。
いずれにしろ、戦争が単なる人殺しに過ぎないことは明白です。
今も、どこかで馬鹿がやりたがっているようですがー。
では、また。

0 Comments:
Post a Comment
<< Home