戦争の副産物(05-5-8)
そうですか。 日本でも、第二次大戦後660年を記念するプログラムがあったのですか。 こちらの放送番組は、5月8日がヨーロッパの戦争が終わって60年のVE DAY ということで、連日それに関するプログラムが大半の時間を占めています。
特に、カナダ軍は、オランダの解放に寄与したので、生き残った80代の老兵達が、これが戦場を訪れる最後の機会と、大挙してオランダに渡り、町で住民の熱狂的な歓迎を受けています。 その様子がニュースで映し出されているのですが、カナダ軍も45,000人戦死したそうです。
まだ、日本は、沖縄で、死闘を続けていた時期ですが、8月にはどんな回顧番組がテレビのスクリーンから伝えられるのでしょうか。。
貴兄のお便りにあった渡辺大尉とアールヒップ兵士の話は、悲しくも、また感動的な、摂理を思わせるストーリーですね。 私も貴兄の文章を感慨をもって読みました。
これは聴いた話ですが、東ヨーロッパに住んでいた夫婦が、戦争で生き別れとなり、消息が途絶えてしまったそうです。 ニューヨークの地下鉄で、ある人が、東欧の新聞を読んでいたところ、隣に坐っていた男が話しかけてきました。 そして、戦時中ヨーロッパで妻と引き裂かれた話をしました。 その話を聞いた人は、暫く前に、あるパーティーで出会った女性から、似たような話を聴いたことを思い出しました。 そしてその女性の電話番号を手帖に書きとめてあったのです。 「電車を降りよう」と促して下車し、公衆電話のダイアルを回しました。 「貴女が探している夫の名前は?」と訊いてから、その人は黙って受話器を渡しました。 「今電話に出ている人と話をしてごらん」と。 そして後は、涙にくれるばかりの男を残して去ったそうです。
私は、この話を、モントリオールで、ラビ・ザカライアという伝道師が話すのを聴いたのですが、その後さらに、「フォーカス・オン・ザ・ファミリー」の、ジェームズ・ドブソンという心理学も伝えていました。 またリーダーズ・ダイジェストにも出ていたように記憶しますから、かなり有名な話なのでしょう。
ニューギニアの悲劇については、私は知りませんでした。 真珠湾攻撃から僅か3年半の間に、政治家と軍人は、なんという地獄をこしらえてくれたものでしょう。
放送作家の西沢実さんが、ラジオのインタビューで、「戦争は人間を鬼にしますからねぇ」と嘆じておられましたが、軍人として敗戦の憂き目にあい、捕虜としての体験をされた方の語り口は、今でも耳に残っています。
私の父は、終戦直前に招集され、老兵の二等卒として中国に渡りましたが、今思えば、よく生きて帰ってきたものだと思います。 中国の敵と戦うよりは、甥ぐらいの年齢の上等兵や下士官に殴られいじめられる方が辛かったのではないかと思うのです。 日本の兵隊は、戦地にあって敵と戦うだけでなく、日本軍特有のサディズムという二重の敵をも相手にしなければならなかったのですから、胸ふたぐ思いです
特に、カナダ軍は、オランダの解放に寄与したので、生き残った80代の老兵達が、これが戦場を訪れる最後の機会と、大挙してオランダに渡り、町で住民の熱狂的な歓迎を受けています。 その様子がニュースで映し出されているのですが、カナダ軍も45,000人戦死したそうです。
まだ、日本は、沖縄で、死闘を続けていた時期ですが、8月にはどんな回顧番組がテレビのスクリーンから伝えられるのでしょうか。。
貴兄のお便りにあった渡辺大尉とアールヒップ兵士の話は、悲しくも、また感動的な、摂理を思わせるストーリーですね。 私も貴兄の文章を感慨をもって読みました。
これは聴いた話ですが、東ヨーロッパに住んでいた夫婦が、戦争で生き別れとなり、消息が途絶えてしまったそうです。 ニューヨークの地下鉄で、ある人が、東欧の新聞を読んでいたところ、隣に坐っていた男が話しかけてきました。 そして、戦時中ヨーロッパで妻と引き裂かれた話をしました。 その話を聞いた人は、暫く前に、あるパーティーで出会った女性から、似たような話を聴いたことを思い出しました。 そしてその女性の電話番号を手帖に書きとめてあったのです。 「電車を降りよう」と促して下車し、公衆電話のダイアルを回しました。 「貴女が探している夫の名前は?」と訊いてから、その人は黙って受話器を渡しました。 「今電話に出ている人と話をしてごらん」と。 そして後は、涙にくれるばかりの男を残して去ったそうです。
私は、この話を、モントリオールで、ラビ・ザカライアという伝道師が話すのを聴いたのですが、その後さらに、「フォーカス・オン・ザ・ファミリー」の、ジェームズ・ドブソンという心理学も伝えていました。 またリーダーズ・ダイジェストにも出ていたように記憶しますから、かなり有名な話なのでしょう。
ニューギニアの悲劇については、私は知りませんでした。 真珠湾攻撃から僅か3年半の間に、政治家と軍人は、なんという地獄をこしらえてくれたものでしょう。
放送作家の西沢実さんが、ラジオのインタビューで、「戦争は人間を鬼にしますからねぇ」と嘆じておられましたが、軍人として敗戦の憂き目にあい、捕虜としての体験をされた方の語り口は、今でも耳に残っています。
私の父は、終戦直前に招集され、老兵の二等卒として中国に渡りましたが、今思えば、よく生きて帰ってきたものだと思います。 中国の敵と戦うよりは、甥ぐらいの年齢の上等兵や下士官に殴られいじめられる方が辛かったのではないかと思うのです。 日本の兵隊は、戦地にあって敵と戦うだけでなく、日本軍特有のサディズムという二重の敵をも相手にしなければならなかったのですから、胸ふたぐ思いです

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