怠け気味のこのごろです(06-04-28)
「ビデオのことその3」を拝読しながら、その返事が遅くなってすみません。
なんとなく春の陽気に、体も心もゆるんでしまって、ボーッとしたまま2~3日が過ぎてしまいました。 特に体調が悪いわけでもなく、ただ草木がしおれるように、ソファの上に寝そべってラジオやテープを聴いています。
私は退職して10年。 その前の5年間も、仕事らしい仕事はせず、CBCで最も役にたたない従業員でした。 日本では、退職金が出ますが、カナダでは、私のような下っ端には、ボーナスも退職金も出ません。 5年間は退職金の分割払いだと、自分に言い聞かせて、口実にしていました。
モントリオールからの日本語放送の仕事がなくなったのは15年前。 日本語セクションには、日本人の男女が数人いましたが、チームワークの不得手な私には、まことに居心地の悪い職場。 しかし1991年全員解雇。 当然私もクビになったものと思って、東京に帰ったのですが、モントリオールから国際電話があり、私にアナウンサー・プロデューサーの給料でよければ、格下げして残ってもよろしいということでした。
私は英語は半人前、フランス語は全くの文盲プラス聾唖。 そういう不熟練労働者にできることと言えば、コンビニストアみたいな所の店番ぐらい。 しかしあれは韓国人の仕事だと言われ、では機械が働いてくれる洗濯屋はどうか。 いや、あれは中国人の仕事。 日本人はやはり庭師でなくっちゃあと促されたのですが、私はアウトドアーは大の苦手。 そこで、プライドを捨て、CBCのフランス語シネマテックに身柄を預けることにしました。 同僚はフランコフォンのジェントルマンばかり。 私はパントマイムで通すほかありません。 私に出来ることといえばコピーをとることぐらい。 しかしみんな良い人達で、「ムッシューアキラ、 ノットアージェント、トゥモロウ」と許してくれました。 シネマテックは私の勤め人生活の中では最高のパラダイスでした。 うらむらくは、その同僚の厚意にフランス語でお礼を言えなかったことです。 CBCでは、フランス語の教師を雇ってくれ、毎朝個人レッスンをしてくれたのですが、私の言語能力では絶望的でした。
貴兄から送っていただいたフランス映画は、日本語のスーパーインポーズのお蔭で、大いにエンジョイしています。 それにビデオなので、部分的にリワインドして、訳を繰り返し、確かめながら鑑賞できるので、喜びと味わいが倍になります。 感謝この上もありません。
ハワイ・マレー沖海戦も、貴兄の解説で、懐かしいシーンが冴えてきます。 あれは昭和18年ぐらいですか。 まだ戦勝気分で、戦意も高揚、いい時代でしたね。
ツブラヤさんという名前は独得ですが、昔、ある人から、ツブラヤさんの家が売りに出ているから買わないかという話がありました。 変わった家だということでしたが、私共には所詮高嶺の花。 話だけで幻は消えました。 しかしそれから大分たって、私の知人が引っ越した家というのが、造りを聞いてみると、どうも昔の円谷さんの家らしい。 偶然とはいえ、人のつながりは、思いがけぬところで、糸を手繰るように、不思議な縁が見え隠れするものですね。
明日は土曜日。 スターバックスのコーヒーでも飲んで、少し眠気をさまし、貴兄のエッセイ、井上さんのエッセイを、読者の皆さんにまた配信することにしましょう。
なんとなく春の陽気に、体も心もゆるんでしまって、ボーッとしたまま2~3日が過ぎてしまいました。 特に体調が悪いわけでもなく、ただ草木がしおれるように、ソファの上に寝そべってラジオやテープを聴いています。
私は退職して10年。 その前の5年間も、仕事らしい仕事はせず、CBCで最も役にたたない従業員でした。 日本では、退職金が出ますが、カナダでは、私のような下っ端には、ボーナスも退職金も出ません。 5年間は退職金の分割払いだと、自分に言い聞かせて、口実にしていました。
モントリオールからの日本語放送の仕事がなくなったのは15年前。 日本語セクションには、日本人の男女が数人いましたが、チームワークの不得手な私には、まことに居心地の悪い職場。 しかし1991年全員解雇。 当然私もクビになったものと思って、東京に帰ったのですが、モントリオールから国際電話があり、私にアナウンサー・プロデューサーの給料でよければ、格下げして残ってもよろしいということでした。
私は英語は半人前、フランス語は全くの文盲プラス聾唖。 そういう不熟練労働者にできることと言えば、コンビニストアみたいな所の店番ぐらい。 しかしあれは韓国人の仕事だと言われ、では機械が働いてくれる洗濯屋はどうか。 いや、あれは中国人の仕事。 日本人はやはり庭師でなくっちゃあと促されたのですが、私はアウトドアーは大の苦手。 そこで、プライドを捨て、CBCのフランス語シネマテックに身柄を預けることにしました。 同僚はフランコフォンのジェントルマンばかり。 私はパントマイムで通すほかありません。 私に出来ることといえばコピーをとることぐらい。 しかしみんな良い人達で、「ムッシューアキラ、 ノットアージェント、トゥモロウ」と許してくれました。 シネマテックは私の勤め人生活の中では最高のパラダイスでした。 うらむらくは、その同僚の厚意にフランス語でお礼を言えなかったことです。 CBCでは、フランス語の教師を雇ってくれ、毎朝個人レッスンをしてくれたのですが、私の言語能力では絶望的でした。
貴兄から送っていただいたフランス映画は、日本語のスーパーインポーズのお蔭で、大いにエンジョイしています。 それにビデオなので、部分的にリワインドして、訳を繰り返し、確かめながら鑑賞できるので、喜びと味わいが倍になります。 感謝この上もありません。
ハワイ・マレー沖海戦も、貴兄の解説で、懐かしいシーンが冴えてきます。 あれは昭和18年ぐらいですか。 まだ戦勝気分で、戦意も高揚、いい時代でしたね。
ツブラヤさんという名前は独得ですが、昔、ある人から、ツブラヤさんの家が売りに出ているから買わないかという話がありました。 変わった家だということでしたが、私共には所詮高嶺の花。 話だけで幻は消えました。 しかしそれから大分たって、私の知人が引っ越した家というのが、造りを聞いてみると、どうも昔の円谷さんの家らしい。 偶然とはいえ、人のつながりは、思いがけぬところで、糸を手繰るように、不思議な縁が見え隠れするものですね。
明日は土曜日。 スターバックスのコーヒーでも飲んで、少し眠気をさまし、貴兄のエッセイ、井上さんのエッセイを、読者の皆さんにまた配信することにしましょう。

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