病室の一隅で (2006/12/24)[s]
「年の瀬も迫ってきたが、人生の終りもすぐそこの角までやってきているような気がする」
「私も75だが、気力体力は四捨五入して80じゃないかな。 もっとも80になってみないと本当のところは判らないが。 実は昨日心臓の専門医の所へ行ったんだが、カルテを見て、『今年はハードイヤーだったね』と言われた」
「というと心臓でも悪いの?」
「いや、6ヶ月に一回心臓を診てもらっているんだが、血圧も血糖も上々だと言うんだ。 ただ8月と11月に二度入院したからね。 ファミリードクターには毎月健康診断をして貰っているんだが、血液検査も定期的にやっているので、健康はまあまあだ。 ただ時々身長をはかるのだが、年取って段々縮むからだろうね」
「ちょっとした人間ドックだね。 費用は?」
「勿論タダだ。 もっとも税金でまかなわれているから、多額納税者におんぶかな」
「それで差額のベッド代は?」
「そんなものは無かったな。 今までに個室に入ったこともあるけど、やはり無料だった。 州や病院によっては違うのかもしれないが」
「病室は4人部屋か」
「そうだ。 200人ぐらい入る病院だが、意外なことに男女同室。 つまりCOED だったのには驚いた。 ベッドは一応カーテンで仕切ってあるけど、声は筒抜け。 向かいにいたのは私と同じくらいのおじさんだが、枕許の電話が鳴ると、吠えるような声で、「大きな声を出すな」とまず一喝。 そしておもむろに「誰?」とのたもう。 大学の先生らしくて、点滴について、看護師に講釈し注文をつけるんだ。 忙しい看護師達には迷惑だったかもしれない。 あまり見舞い客もなかったな」
「女の人というのは?」
「うん、隣のベッドに80代の全盲の婦人がいた。 いつもラジオのクラシック音楽を聴いていた。 5年前に失明したと言っていたから、マーキュラー・ディジェネレーションかもしれない。 年寄りには多いからね。 そのご婦人、一人で食事も出来ないんだ。 しかし性質が可愛いんだろう。 よく非番の看護師が話しにやってきていた。 クラシック音楽には、気難しいお向かいの先生も喜んでいた。 斜向かいにいた若い女性は麻薬中毒じゃないかな。 酸素吸入をしていたから肺炎かもしれない。 それでも注文をつけるのは一人前。 「ミルクが生ぬるい」とか「冷たい」とか文句を言っていた。 それでいて「サンキュー」と言う言葉は聞こえなかったなあ。 物を頼む時は「プリーズ」と言った方がいいと思うけど」
「ドイツを旅行した友達が、「ダンケ」と「ビッテ」だけで用が足りたと言っていたが、「メルシ」と「シルブプレ」もそうだろうね。 それで治療の方は?」
「私の場合は胃潰瘍だったんだが、輸血に点滴。 それに私に胃カメラをのませた中国系の専門医が2人の若い医者を連れて診にくるんだ。 その外にやはり中国系の女医が担当医としてやはり2人のお付きと共にやってきた。 そのお付きの若先生達は、いずれも彫りの深い浅黒い顔だったなあ。 それに香港系の女性インターンと白人女性のインターン。 この白人の女医さんというのが珍しいくらい親切で上品だった。 一日に3回、丹念に全身を聴診器と触診で診てくれるんだ。 この8人の先生達がチームになって私の病状をディスカスするらしい。 そういうわけでインターンも観音様というか、こちらの人ならエンジェルと呼ぶんだろうな。 幼児の頃から日曜学校で愛の精神を教え込まれているからかな。 白人だから優しいというのではなくて、たまたま優しい人が白人だったということだが、看護師も心をくばってくれるのは白人が多かったなあ。 夜は東南アジア系の若い人だった。 恐らく昼間の白人は経験が長く、シニオリティがあるのかもしれない」
「食事はどうだった?」
「うん、入れ物は大きいんだけれども、胃潰瘍にはジュースばかりなんだ。 それも市販のプラスチックのカップにアルミ箔をかぶせたのをね。 みんな患者によって一人一人献立が違う。 しかし後で聞いたんだが、病院も経費節約でね、キッチンは民間に委託なんだそうだ。 病院がキッチンを直営すると、時給17ドル払わなければならない。 それが民間に丸投げだと、時給9ドルですむんだそうだ。 それに料理もインスタントのアルミ箔の袋を鋏でジョキジョキ切ってそれを出すのだから、シザーズ(鋏)料理とでも言ったらいいのかな。 ジュースばっかりだったからおかげで痩せたよ」
「東京にいる友達が、奥さんの入院費に毎月50万円かかったと言っていたが、大阪で行き倒れになった友人は、保険の上に毎日1万円ずつ払わされたというし、またボストンで眩暈をおこした知人は、病院の費用が一日1万8千ドルだったと聞くと、君の場合は安上がりだったね」
「1セントも1ペニーも払わなかったんだから。 それにカナダの救急病院もERイマージェンシーで長時間待たされると評判が悪いが、私の場合朝6時だったが医者が即時に立ち会ってくれた。 病状によって待たされる時間も違うのだろうが、今回は幸運だった」
(06/12/24)
「私も75だが、気力体力は四捨五入して80じゃないかな。 もっとも80になってみないと本当のところは判らないが。 実は昨日心臓の専門医の所へ行ったんだが、カルテを見て、『今年はハードイヤーだったね』と言われた」
「というと心臓でも悪いの?」
「いや、6ヶ月に一回心臓を診てもらっているんだが、血圧も血糖も上々だと言うんだ。 ただ8月と11月に二度入院したからね。 ファミリードクターには毎月健康診断をして貰っているんだが、血液検査も定期的にやっているので、健康はまあまあだ。 ただ時々身長をはかるのだが、年取って段々縮むからだろうね」
「ちょっとした人間ドックだね。 費用は?」
「勿論タダだ。 もっとも税金でまかなわれているから、多額納税者におんぶかな」
「それで差額のベッド代は?」
「そんなものは無かったな。 今までに個室に入ったこともあるけど、やはり無料だった。 州や病院によっては違うのかもしれないが」
「病室は4人部屋か」
「そうだ。 200人ぐらい入る病院だが、意外なことに男女同室。 つまりCOED だったのには驚いた。 ベッドは一応カーテンで仕切ってあるけど、声は筒抜け。 向かいにいたのは私と同じくらいのおじさんだが、枕許の電話が鳴ると、吠えるような声で、「大きな声を出すな」とまず一喝。 そしておもむろに「誰?」とのたもう。 大学の先生らしくて、点滴について、看護師に講釈し注文をつけるんだ。 忙しい看護師達には迷惑だったかもしれない。 あまり見舞い客もなかったな」
「女の人というのは?」
「うん、隣のベッドに80代の全盲の婦人がいた。 いつもラジオのクラシック音楽を聴いていた。 5年前に失明したと言っていたから、マーキュラー・ディジェネレーションかもしれない。 年寄りには多いからね。 そのご婦人、一人で食事も出来ないんだ。 しかし性質が可愛いんだろう。 よく非番の看護師が話しにやってきていた。 クラシック音楽には、気難しいお向かいの先生も喜んでいた。 斜向かいにいた若い女性は麻薬中毒じゃないかな。 酸素吸入をしていたから肺炎かもしれない。 それでも注文をつけるのは一人前。 「ミルクが生ぬるい」とか「冷たい」とか文句を言っていた。 それでいて「サンキュー」と言う言葉は聞こえなかったなあ。 物を頼む時は「プリーズ」と言った方がいいと思うけど」
「ドイツを旅行した友達が、「ダンケ」と「ビッテ」だけで用が足りたと言っていたが、「メルシ」と「シルブプレ」もそうだろうね。 それで治療の方は?」
「私の場合は胃潰瘍だったんだが、輸血に点滴。 それに私に胃カメラをのませた中国系の専門医が2人の若い医者を連れて診にくるんだ。 その外にやはり中国系の女医が担当医としてやはり2人のお付きと共にやってきた。 そのお付きの若先生達は、いずれも彫りの深い浅黒い顔だったなあ。 それに香港系の女性インターンと白人女性のインターン。 この白人の女医さんというのが珍しいくらい親切で上品だった。 一日に3回、丹念に全身を聴診器と触診で診てくれるんだ。 この8人の先生達がチームになって私の病状をディスカスするらしい。 そういうわけでインターンも観音様というか、こちらの人ならエンジェルと呼ぶんだろうな。 幼児の頃から日曜学校で愛の精神を教え込まれているからかな。 白人だから優しいというのではなくて、たまたま優しい人が白人だったということだが、看護師も心をくばってくれるのは白人が多かったなあ。 夜は東南アジア系の若い人だった。 恐らく昼間の白人は経験が長く、シニオリティがあるのかもしれない」
「食事はどうだった?」
「うん、入れ物は大きいんだけれども、胃潰瘍にはジュースばかりなんだ。 それも市販のプラスチックのカップにアルミ箔をかぶせたのをね。 みんな患者によって一人一人献立が違う。 しかし後で聞いたんだが、病院も経費節約でね、キッチンは民間に委託なんだそうだ。 病院がキッチンを直営すると、時給17ドル払わなければならない。 それが民間に丸投げだと、時給9ドルですむんだそうだ。 それに料理もインスタントのアルミ箔の袋を鋏でジョキジョキ切ってそれを出すのだから、シザーズ(鋏)料理とでも言ったらいいのかな。 ジュースばっかりだったからおかげで痩せたよ」
「東京にいる友達が、奥さんの入院費に毎月50万円かかったと言っていたが、大阪で行き倒れになった友人は、保険の上に毎日1万円ずつ払わされたというし、またボストンで眩暈をおこした知人は、病院の費用が一日1万8千ドルだったと聞くと、君の場合は安上がりだったね」
「1セントも1ペニーも払わなかったんだから。 それにカナダの救急病院もERイマージェンシーで長時間待たされると評判が悪いが、私の場合朝6時だったが医者が即時に立ち会ってくれた。 病状によって待たされる時間も違うのだろうが、今回は幸運だった」
(06/12/24)

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