Saturday, December 30, 2006

年末ご挨拶 (2006/12/30)[o]

カードが今ごろ届いたようで、気抜けしたビールみたいで申し訳なし。

もっと早く出さないと、年末は郵便も遅れるみたいですね。これでは、ビデオは大分遅くなりそうです。ごめんなさい。

年を取ると1年が早く感じると言われますが、もう大晦日{そちらはまだ30日でしょう}となると、老いを感じざるをえません。
去年まで1.2あった視力が、今年の健診では0.8でした。
体重だけが増えるのも悲しい限り。

最後になって井上氏が硫黄島と戦争に触れていましたが、その表現に誤りがあって、小生、また気になりました。
「第2次大戦はルーズベルトの陰謀で始まったのは定説」といった表現があったのですが、
第2次大戦は「1939.9のドイツのポーランド侵攻~1945.9の日本の降伏文書調印」をいい、恐らく1941.12~1945.9の太平洋戦争{アメリカの呼び方}大東亜戦争{日本の呼び方}のことだと思います。

ルーズベルトが、ハルノートなどで日本を挑発し、戦争になったのはそれだけ見ればそういえるかもしれませんが、小生は、1928年の張作リン爆殺事件、1931年9月の満州事変から日本の満州・支那への侵略を始めたことが、アメリカの怒りをかったことは間違いなく、これが日本への強行策に繋がったと小生は見ています。

当時、欧米がアジアに植民地をたくさん持とうとしたからそれに対抗したとか、いろいろ言われていますが、国連の満州調査団のリポートにもあったごとく、日本は明らかに侵略を図っていたのです。

昭和天皇が、張爆殺の張本人の処罰を田中義一首相に求め、それが出来ずに田中が辞任したあたりから、軍部は暴走を始めたと見ています。

欧米諸国の植民地化の動きに反対して戦争が始まったのならともかく、日本も侵略したのでは行為を正当化できません。

「歴史家は人の背後にしかいられない」と大学時代にいわれたことを思い出しますが、小生、不勉強で日本史もろくろく判らず、この10年くらい本や資料を読み漁り、特に明治以後の近代日本を理解すべく、少しは勉強しました。

その結果はどうも、他の人と見解が異なる面が出たようです。

ここは私論ですから、勿論、貴兄向けの話で絶対に載せないで下さい。

年末にはふさわしくない話になってしまいましたが、硫黄島が議論を呼んで良かったと思います。
なお、映画の原題は「LETTERS FROM IWO ZIMA」です。

イーストウッドが監督賞を取るのは間違いないと小生は見ますが、あの撮り方ではアメリカ内部でも反発を招くかもしれません。

イーストウッド監督が広島・長崎を舞台に映画を作らないかとひそかに期待していますが、大量庶民殺人の原爆に謝罪一つ無く、エノラ・ゲイに原爆のことを一つも触れなかったアメリカですから、無理でしょうね。

日本は国として、大東亜戦争の総括もせず、勿論戦争犯罪人も出さず、
戦時中の大臣が戦後、首相になったような、いい加減なところのある国です。
東京裁判は日本が裁判の実施を認めたのですから、その結果に文句を言えた義理は無く、それよりも国独自で、戦争の責任者を処罰すべきでした。
あの、辻参謀が国会議員に当選したときにはあきれ、怒りを感じたのを覚えています。

年末に下らぬことをながながと書きました。

来年は少しは良い年になりたいですが、日本は増税、増税で年金生活者には厳しい年になるかもしれません。

お互い健康第一で!
     では、良いお年を! (06/12/30)

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