Tuesday, September 27, 2005

無事帰国(05-9-27)

昨日、帰国。家内も元気です。小生疲れひどいが昨日も仕事の準備で3時間ワープロに向かい
今、朝8時ですがこれから仕事に出かけます。
手紙とアロハさんのコピー拝受。ありがとうございました。アロハさんに加藤の弟の情報とともに
よろしくお伝えください。

井上氏より昨日ファックスで金嬉老の読後感送られてきました。丁重な文面でさすがと思いました。良い友をお持ちです。

小生この状態では溜まったメールを読む時間もなく、失礼しそうです。ごめんなさい。
風邪は良くなりましたか?
スイスの話は暫く待ってください。

(05-9-27)

Sunday, September 25, 2005

スイスからのお便り感謝(05-9-23)

スイスからのお便り、すばらしい景観のカードでいただき、有難うございました。 奥様とともに、アルプスの清らかな別世界に身をおき、貴重な時を過ごされたようで、羨ましく思います。

カナダにも、スイスから移住してきた人が時たまいますが、どうしてあんなに美しく、平和で、住みやすい所からカナダくんだり移ってきたのだろうと不審に思い、その理由を訊くのです。 人の好みはさまざまで、答もさまざまですが、そうした人は結構カナダでの暮らしも楽しんでいるようです。

2週間も、日本からの旅人があまり訪れぬスイスの山あいを歩かれたとは、旅の発想も素人離れがしていますね。 フォンデュを味わう機会はありましたか。 しかし、静謐な山の空気が何よりご馳走なんでしょうね。

お2人がこれで霊気を胸いっぱい吸いこみ、若返って戻ってこられることを願っています。

(05-9-23)

Tuesday, September 13, 2005

暫くご無沙汰(05-9-10)

今日、一日仕事をして旅行前の仕事は終わりにしました。
明日は選挙の投票に行き、フィットネスクラブで汗を流してきます。
実は、出かける直前になって家内のうつが出て4日ほど寝込まれてしまい、井上氏への送本は何とかしたものの、また混乱状態になり、頭がパニクリました。
なんとか旅行に行けると見て、今荷物作りをしています。
井上氏へは本を贈っただけで、こちらの住所以外は何も知らせてないので、明日メールアドレスを含め、きちんとした手紙を出しておきます。
貴兄の友人に失礼がないように配慮はしますので、どうかご心配なく。

今年の敗戦60年は、だんだん戦争を知っているまたは体験した世代が死んでいくせいか、体験よりも何故、日本が戦争を起こしたのかといった歴史認識の話が多くなりました。
そして、ABCD包囲網をふくめ、あの戦争がやむを得なかったという人が多いのが気になりました。町村外務大臣がテレビで「日本が近代史をきちんと教えられないのは日教組のせいだ」と珍しく明言していましたが、共産党は教育面でも偏向教育をしたがるのです。
満州事変以後、中国大陸の侵略は事実なのにそれすら認めない日本人が増え、また、日本軍は残虐ばかりしたと、謝るだけの日本人も増え、歴史がきちんと理解されないと、今後、アジアで日本が孤立しないか心配です。
呉さんはそのあたりを充分ご存知のように思えます。

それより、日本の財政は末期的で何時破産してもおかしくないのではないでしょうか。
政府と官僚が赤字国債を出し続けることが、我々庶民には理解できません。
民間の会社ならとっくに破産しています。それを人員整理どころか、予算をごまかしても増やすとか、無駄使いするのは、国賊としか思えません。
こんな官僚を優秀と言えるのでしょうか?
小生の友人も海外で月10万円で生活すべく一人二人と出て行きます。インドネシア、タイあたりがターゲットです。
不法滞在者24万人を抱える日本は破産すると犯罪天国になるでしょうね。中産階級がワンサといるのですから。特に中国人には絶好のターゲットでしょう。

小生も、家内の健康が回復したら脱出を考えます。
今日は私信で勘弁してください。
27日に戻りますから、それからまたメールを打ちます。
スイスの美味しい空気と牛肉とチーズフォンデュを身体一杯食べてきます。
まだ、先月の洪水の為、鉄道の不通箇所があるようで、回り道をしなければならいようですが、遅い夏休みにはなりそうです。
では、暫く失礼します。
貴兄の眼がどの程度かが一番心配の種ですが

お願い(05-9-6)

井上氏から金嬉老の本の送付依頼があったので、お手数ですが、井上氏の住所を教えてください。
小生、仕事と家事とその他もろもろで、頭がおかしくなりそうです。
大体、頭が弱いほうですからこんなときは大変です。13日のスイス出発前にメールをあまり打てないと思いますが、悪しからず。

加藤軍神親子の思い出(05-9-3)

去る8月18日、小学校の同級生で東大名誉教授の加藤正昭君が肝臓ガンで亡くなったと新聞に載りました。

大東亜戦争の始まる直前の昭和16年の秋、9月か10月だったと思いますが、一人の陸軍将校が小学校3年生だった私の教室に現われました。
先生が「加藤君のお父さんです」と紹介すると、その軍人はいかつい身体に似合わず優しい声で「息子をよろしくお願いします」とだけ言って頭をさげて出ていかれました。
息子の加藤正昭君は何も言わなかった、ように記憶しています。

学校に現われた将校が、実は有名な加藤建夫隼戦闘隊長であったことを知ったのは、翌、昭和17年5月、加藤部隊長がインドのアキャブの沖合いで英国の爆撃機を攻撃中、被弾してインド洋に自爆し、死後2階級特進して少将となり、軍神と騒がれるようになってからです。
藤田進主演の「加藤隼戦闘隊」という映画も作られ、大ヒットしました。

加藤正昭君はその死を聞いても我々の前では涙一つこぼしませんでした。それは軍神の名を汚さぬよう必死に耐えているようにも見えました。
昭和19年10月30日、東久留米に集団疎開していた国民学校6年生のわれわれの前に、今度は加藤部隊長の部下であった檜大尉が現れました。私の疎開日記にその記述があります。
義足の大尉は戦死の模様を話してくれましたがそこでも加藤君は毅然とした態度を見せていました。
隼は最初欠陥が多く、皆が乗りたがらないので、そこに目をつけた加藤部隊長が隼を集め「隼戦闘機隊」を作った話など、未だに覚えています。
大尉の好意で我々は後日、所沢飛行場を見学し初めて隼という戦闘機を身近に見ることができました。
この檜大尉が日本でただ一人の義足のパイロットで、本土防衛戦にも活躍し、当時最強といわれたノースアメリカンP51を隼と五式戦闘機で撃墜したことのあるエースで、25歳にして最年少の少佐に昇進した方であったことを知ったのは、戦後、檜氏自身が書かれた本を読んでからです。
その本を読むと加藤部隊長は、統率力あり、頭脳明晰、体力あり、部下思いでもあり、40歳を超えていながら平気で長時間飛行を率先してするなど、大変な人物であることがよく判ります。
部下思いであったことが自爆する戦闘への遠因になり、部下の消息を待って出発を延ばすうち、敵機来襲、出撃となったのです。 {隼戦闘隊長 加藤建夫  光人社}
加藤君には二人の弟がおり、三人の子供を抱えてお母さんは生活に苦労し、保険の勧誘員をしたりしていました。
私の母がよく相談にのっていたのを覚えています。

軍人の父親に似ず、どちらかと言えば運動は苦手、頭はすごく良くて学究肌の加藤君が東大で物理の研究をしていると聞いたのは、大学を出てしばらくしてからでした。学者は彼にふさわしいと思いました。
彼の直ぐ下の活発型の弟が日本航空に入ったと聞き、やはりこちらは飛行機か、とも思いました。
加藤君は同窓会にもほとんど顔を出さず、消息は年賀状と風の便りにしか聞けず、この何年かは年賀状も絶えたまま、今回の訃報に接しました。
東大名誉教授の肩書きだけでなく、加藤軍神の長男との注がついていました。

戦後60年、天国で、東大名誉教授の息子は軍神になった父親とどんな話をしているのでしょうか。
軍神とその息子も死んで、私はなぜか、戦後が遠くなったように感じられるのです。

          阿部 基治 

お帰りなさい(05-9-3)

今日帰宅と伺い、先にお帰りなさいを打ちます。自宅へ戻られてほっとしておられることと思います。奥様もお元気ですか?
バンクーバーは東京より10度も低く、そこの方が、きっと涼しく感じられるのではないでしょうか。
日本は年々暑くなる感じで、今年はエアコンが故障して4日ほどエアコン無しで過ごしましたが夜は氷を入れた水枕無しでは眠れませんでした

家内はなんとか鬱も快方に向かっているようで少しは安心してスイスへ行けそうです。
8月半ばまでは、どうなのかかなり迷いましたが私は仕事が凄く忙しくて、家事に手が回らず少しずつ家のことをやってもらって様子を見ていましたがなんとかなりそうです。
本人はスイスへ行けばこの数年間の念願が叶いしかも今度はミューレン、サースフェーといった田舎周りなのでとても期待しており、私も連れていってやりたいので必死でした。
もう訪問は4回目か5回目だと思いますが、家内はスイス大好き人間でそのためドイツ語を勉強したりしたので、この機会を逃したくないのです。

私の仕事は予想どうり難航し、来年4月実施は厳しいスケジュールです。もう頭も働かず、体力は限界に近く、歳をつくづく感じます。
仲間を一人入れてなかったらもう潰れていたと思います。その位思考能力が落ちています。
情けなや!一回ダウンしました。

「贖罪」は貴兄が井上氏に送られたのですか?
読後感を読ませていただき有難く思っています。
私自身では金嬉老よりもこの贖罪のほうが自分では気に入っています。
在庫がなくなり、ご迷惑をかけたことをお詫びします。

夏の話題は選挙を含めいろいろありますが、またメールします。取り敢えず「カナダこのごろ」用に一つ別送します。
帰宅したばかりで疲れもあるでしょうから、無理しないで。返事は不要。

Wednesday, September 07, 2005

ご返事(05-7-29)

前回のメールは載せるつもりでなかったのでややきついことを書いたのですが、どうしてもというなら、お任せします。一部分でも。
朝日の話は本当で、今、朝日の単独取材だと警察署は応じないと思います。その位ひどいです。
小生が金嬉老の取材でそのことを知り、驚きました。そこまで朝日警戒網もいっているのです。

井上氏へのご返事

『贖罪』を読みたいとのことですが、出版社の「近代文芸社」にもう在庫がないかも知れません。関心をお持ちいただき、有難うございます。

小生の手元にも自分の手持ち以外は3冊しかなく、今は読みたい方に持ち回りで1部を回している状態。
もし、この形でよければ、今貸している本が戻り次第、お送りします。

大庭さんはお逢いしたことはありませんが、贖罪の取材の時にある韓国人が、ロッテホテルのスイートに普通料金で泊めてくれ、そのときに名前を伺った気がします。

呉さんにも差し上げたいのですが、前記の状況で部数がありません。
図書館であればと思いますが、国会図書館はともかく、小さいところであるかどうか、千葉市もありません。浦安市はありました。

2冊目の金嬉老は小生の手元にありますから、いつでもお送りできます。

以上のような状態です。ご了承ください。
   

go

前回のメールは載せるつもりでなかったので
ややきついことを書いたのですが、どうしてもというなら、お任せします。一部分でも。
朝日の話は本当で、今、朝日の単独取材だと
警察署は応じないと思います。その位ひどいです。
小生が金嬉老の取材でそのことを知り、驚きました。そこまで朝日警戒網もいっているのです。

井上氏へのご返事

『贖罪』を読みたいとのことですが、出版社の「近代文芸社」にもう在庫がないかも知れません。関心をお持ちいただき、有難うございます。

小生の手元にも自分の手持ち以外は3冊しかなく、今は読みたい方に持ち回りで1部を回している状態。
もし、この形でよければ、今貸している本が戻り次第、お送りします。

大庭さんはお逢いしたことはありませんが、贖罪の取材の時にある韓国人が、ロッテホテルのスイートに普通料金で泊めてくれ、そのときに名前を伺った気がします。

呉さんにも差し上げたいのですが、前記の状況で部数がありません。
図書館であればと思いますが、国会図書館は
ともかく、小さいところであるかどうか、千葉市も
ありません。浦安市はありました。

2冊目の金嬉老は小生の手元にありますから、
いつでもお送りできます。

以上のような状態です。ご了承ください。
   

夏休みをゆっくりと(05-07-27)

仕事に追われているうちに、29日になってしまいました。ゆっくりメールをと思いながら、時間が取れず、申し訳なし。

また8月15日がやってきます。60年前、お袋と妹が疎開していた群馬の山奥の村をたまたま訪れていて、村役場前であの「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」という放送を聞き、アー負けたんだと思ったことを今でも思い出します。

東京に戻る列車は超満員で、機関車の後ろの炭水車に乗り、物凄い石炭のかすを頭から浴びて体中真っ黒になって帰京したことも、覚えています。

大東亜戦争も自衛の為とかいろいろ言われていますが、1931年の満州事変以来の日本の中国大陸での侵略行為を見ると、明治維新以来、英米仏等の列強に負けじと拡大というか背伸びをしてきた日本が、いかに無理な戦いを
挑んだかが判ります。
1941年、アメリカから突きつけられたハル・ノートに「中国大陸から撤退することは今までその地で亡くなった英霊に申しわけが立たない」とわけの判らぬ理由をつけ、その結果、310万人の人間をこの大東亜戦争で失ったわけです。

今でも戦争好きがいるようですが、一回自分で戦場に出なければ戦争のむなしさは分らないのでしょう。
大体、号令をかける人は後ろにいるわけで、あの悲惨さを体験はしないわけです。

小生、あの焼夷弾の爆撃の凄さだけでも、ビビリました。焼夷弾の直撃を受けた人が火柱になったときは、声も出ませんでした。
それなのに学校へ行くと、怖かったとは誰も言えず、B29が撃墜されて凄かったとか、全く関係のない話をしていましたが、皆は本当に怖くなかったのか、今でも不思議に思います。

敗戦記念日前後は、また特集番組が数多く組まれるのでしょうが、こうしたときだけでも戦争の悲惨さを思い出し、あるいは意識づけて、戦争を回避したいものです。

中国が軍事費を公表の2~3倍も使っているとか、きな臭い話があちこちにありますが、人間の叡知が果たしてそれを上回ることが出来るか、21世紀の課題だと思います。

モントリオールはかなり暑そうですが、どうか身体を大切に、特に眼を休ませ、休養してください。

小生9月の旅のため、夏休みは無しです。
ややばて気味ですが、仕事に追われて暑さも少し忘れます。
また9月にメールします。
どうか奥様もゆっくりお休みください。