Wednesday, November 23, 2005

井上さんにお会いになるそうで(05-11-23)[s]

近く井上出さんにお会いになることになっているそうで、それをうかがい、喜んでいます。

井上さんも、数年前、奥様を癌で失われ、仕事を終えて帰宅しても、電灯のともっていない真っ暗な家に帰るのは寂しいものだと、正直な気持ちを打明けておられました。

阿部さんとの交誼が始まることを喜んでおられることでしょう。

井上さんの写真は、柳谷千恵子さんのホームページに出ています。

http://www.cyanagitani.com/sub11/05artstudio.htm

このホームページには、柳谷さんの多数のお弟子さんが、次々に現われますが、どこまで続く写真かなと、NEXT のボタンを押し続けていくと、最後のページに、井上さんが、柳谷邸の庭に立つ写真が現われます。

私の方は、引越しの準備は一向に進捗せず、来週は、週3回の鍼を休んで、取り掛かろうかと考えています。

バンクーバーも寒くなってきました。 この2~3日、霧が出ていましたが、今日は小康をとりもどし、陽光が差しました。 そうすると、紅葉や黄葉もよく見えるので、オヤ、鍼が効いてきたかなと、思うのです。 ぬか喜びでなければいいのですが。(05-11-23)

Tuesday, November 22, 2005

お忙しいと思います(05-11-22)[o]

そろそろ引越しも迫り、多忙な日々を過ごされていると思います。
こちらは家内に寝込まれて家事だけで仕事は出て行かないので、時間が出来てこのメールを打っています。
どうか、返事のことは気にせず、読んで下さい。

ヤードセール、何か楽しげにも見えますが、貴兄の商売では客の言い値で全部売ったのではないかと思います。貴兄から商売人を想像するのは難しく、人の良さをお客に読まれていたのではないかと想像します。
でも売るほうにとっては、家に置いても困るものを処分するわけで、それにお金がついてくればめっけものと、いう感じですよね。

この近くでも、フリーマーケットという形のものが多いですが、半分は商売でしている感じです。

実は小生、ワープロがいかれてきて中古品を探していますが、もう、どこにも見かけません。
ワープロは日本人には便利で、パソコンのワードよりも扱いやすい(パソコンは日本人の発明ではないから当たり前ですが)ので、今でも使っていますが、遂にプリンターがおかしくなり、必死に探していますがもう使っている人も無いのでしょう、見つかりません。
先日は埼玉まで持っている人を訪ね持ち帰ったのですが、やはり故障部分がありダメ。 今は修理が部品が無いとの理由でやってもらえないので 使えるものを探すしか方法がありません。
ワープロには計算機能もあり、使いやすいのですがインターネットの凄さには敵わないからでしょう。
ワープロを見つけるには中古品を扱う店か、フリーマーケットが最適ですが、もう置いてあるのを見ることがありません。

機種の問題もあるので、尚更探し出すのは難かしそうです。 来年はこのパソコンで仕事をせねばならぬかと思うと、アナログ人間の小生は頭が痛くなります。

それから、以前、高速有料道路を通るときに料金所を走ったまま通行できるETCという機械のことを書きましたが、とうとう、そのETCをつけることにしました。
利用料金を前払いして少し割引になるハイウエイカードというのを使っていたのですが、それが来年には使えなくなると言うのです。
そしてカードを廃止し、ETCを使う場合にだけ割引がきくというわけです。
どうしてもETCにして料金所の人間を減らしたいようですが、何故、今ごろになってこんなにあせるのか判りません。
もう10年以上前に欧州でやっていたことを今ごろ始めてしかも、回数券は廃止、カードも廃止と、割引の恩典を無くされて やむなく自動車部品の業者や市役所の福祉部門を訪ねてまた、びっくりしました。
なんと、機器の購入に助成金が出るのです。
こんなことはほとんど知られていません。
自動車部品業者では取り付け前に、月賦で支払うという申請をすると 5,250円の助成金が出るのでその分、減額して支払えばOK.
市役所で聞いたら 身障者には 1万円の助成金が出るとのこと、家内は身障者ですからもらえるのですが、今月中に申請しなければダメとのこと。
両方合わせると自己負担 1千円ちょっとでETCが取り付けられるのです。
それではと、すぐ付けてしまいました。機器も勿論安くなっていましたが。

それにしても、市役所の身障者の窓口は 今年も2回くらい用事があって行ったのですが、ETCの助成金の話は出たこともなし。しかも、書類を見たら平成15年、2年前の日付になっていました。
お役所は聞きにくれば教えてやる、という典型です。
そして、11月末でこの助成金は終わりと言うことでしたから、小生の場合はラッキーということでしょうか。

今日はこの団地の前にある 千葉県総合スポーツセンターが 国際駅伝の出発・ゴール地点になっており、ほとんど道路の片側は交通止めなので、ここは陸の孤島になっているのです。
いまその駅伝はテレビ中継されており、空にはヘリが何機か飛んでいます。 夕方まで、約5時間出るに出られず、家に閉じこもっています。

こうした競技が多い千駄ヶ谷の国立競技場の近辺は、住民は大変だと思います。
住民が半日不自由していることなど、選手は考えたことも無いでしょうね。
それより、応援してくれ!でしょう。
立場、立場でいろいろな考え方がでるところです。

井上氏のメールにもあったように、来月初めにお会いします。
ALOHAさんとはまだ、日を決める段階にありません。
貴兄のお陰で 普段なら話もできない方とお会いすることが出来、感謝しています。 (05-11-22)

Sunday, November 20, 2005

お返事が遅くなりました(05-11-20)[s]

立て続けに、私にとって非常に為になるお便りを頂戴しながら、お返事が遅くなってすみません。 いろいろご自分の体験を話していただいて、私も教えられるところが少なくありません。 私の亡霊のメタンガスも、貴兄のお話をうかがっていると、ブクブク発生する勢いがおさまり、有難いことです。

先だってお送りいただいた「望郷」をみていても、私の腹立ちなど、取るに足らない泡沫的なことで、蚊がとまったほどのことでもないことが判ります。 そうは言いながらも、相変わらずメタンガスは勝手に、こちらの気の持ち方とは関係なく、時と所を構わず噴き出してくるのですから、まだまだ修養の必要があります。

「望郷」にはいたく感動しました。 あのドキュドラマを見ながら、自分はああいう体験をすることなく、70年余りを過ごしてきたのだから、つくづくラッキーだったと反省せざるを得ません。

しかし、ロシアでは、日本人の捕虜だけでなく、何千万というロシア人も、ソビエト当局の手で非道な扱いに生き地獄の苦しみを舐め、シベリアの最果ての地で無数の命が消されていったわけですね。 それもスターリン体制になる前から、ロシアの帝政の時代にも、ドストエフスキーが自らの体験を不滅の記録として残しているわけですね。

人間というものは、邪悪なものです。 そうは言っても、崇高な愛も間違いなく人間の本性の中にあるわけですからね。 カナダで放映されるドキュメンタリーでも、日本軍に非道な扱いを受けたと証言する元捕虜達の画像が、今でも絶えず流されています。 日本人は残酷な人種だと思っている人が結構居るかもしれません。

しかし、同じ画面でも他の番組では、日本は素晴しい歴史と文化を持ち、礼儀正しく道義心の厚い、稀な国だということも、再三放送されるのです。 どちらも本当でしょう。 人間は複雑な存在で、割り切れません。

この国では、戦時中、日系市民を不当に強制収用したということで、15年程前に、時の政府と議会が謝罪し、戦時中収容されていた日系人に対し、一人一人2万ドル余りの補償が行われました。 

これも、アメリカのレーガン政権が、在米日系市民に対して、補償の先例を示してくれたからでしょう。 レーガン政権の動きが無かったら、カナダの政治家も果して自主的に補償の動きに出たかどうかは、判りません。

それに、今頃になってから、かつての枢軸国であったイタリア系市民の強制収容問題についても、過去の過ちをただすべきだという動きが起こっています。 

そして、今現在中国系市民団体と政府の間で交渉が行われているのは、昔の中国からの移民に対して徴収された人頭税という、当時の約2年分の収入に相当する、不当な人種差別に基づく課税を、謝罪とともに、返還せよという問題です。

こうした歴史のうねりの中で、個々の移民の中には、補償を受ける機会もなく、この世を去って行く人達も多いことでしょう。 シベリアの凍土の地で、無念の思いとともに消えていった人達といい、アウシュビッツのガス室で裸のまま葬られた人達といい、実に、人生とは UNFAIR なものです。 貴兄のおっしゃるように、気の持ち方を変えることによって、運命に対処していく。 それも効果的な生き方ですね。 「望郷」はいろいろなことを教えてくれました。

あのビデオに、欝のサポートグループの話題もありましたが、私にはこれも参考になりました。 あれも、貴兄のお心遣いと、感謝しています。 (05-11-20)

Saturday, November 19, 2005

気の持ち方の話(05-11-19)[o]

先日、小生が自分の人生はついていないと思い込むことで苦しみも楽になると書いたら、貴兄から気の持ち方くらいで楽になるかという質問がありました。
そこで、本当にそうなるかこの何日間か自分で意識しながら行動してみました。
その結果は、YES!です。

朝、家内が寝ていたらなるべく起こさぬように、物音を立てない、新聞をめくる音も小さく、カーテンは開けない、電気かみそりはトイレの中で、食器をテーブルに置くのも音を立てないように、睡眠が鬱を直す最良の療法である以上、こんなことは当たり前ですが、普通の人だと参るかも知れません。

でも、そうするのが自分の人生、我慢ではなく当たり前と思えば普通に出来ます。
きついと思ったことは最近はありません。
以前は夜、眠れぬほど悩みました。

家内がもし寝込む状態であれば 出かける予定は 仕事でもキャンセル、あと、夕飯の献立とか買ってこなければならぬものを考え、家事の全般をざっと見直します。
暖房も音があるので、部屋の中はジャンパーを着込んだりしています。

これを大変だとか、気疲れすると思ったら長続きしないと思います、4年間の看病の知恵でこの状態が当たり前、人生そのもの、と思えばつらくなくなります。

最近は 宝くじが1,000円当たったと大騒ぎし、無事に家内が15メートル泳げたと大喜びし、無駄な会話(下手な無駄話をするとその話が家内が気に入らず、急にむっつりした事があるので)は慎みます。
気がつくと、家内以外一日中一言も喋っていない日が良くあります。

でも、これが小生の人生でしょう。
小生、神はいろいろ考えたけどいないと思っています。UFOと同じで、科学的に説明のつくものだと思っています。

今日は貴兄は教会に行かれる日でしたね、
そんなときにこんな不謹慎なメールを打ってすみません。

しかし、この何日間全く苦しいことが無かったと言えば嘘になるでしょう。

映画の一本も見たいとか、あそこへ行きたいとか 思います。これは当然でしょうが、出来なかったから不幸ではないでしょう。
ただ少し不自由なだけです。

実験結果は以上のとうりです。

今度は別の話を送ります。

教会で息子さんの説教を聴ける身分というのも親としては内心複雑でしょうね。

良い話を聴かれたら、教えてください。 (05-11-19)         

寒い(05-11-19)[o]

新聞でバンクーバーの気温を見ると関東地方の真冬の気温で寒そうと思っていたら、こちらも木枯らしが吹き出してかなり寒くなりました。
でも、千葉の紅葉はまだで、養老渓谷は下旬から12月の中旬にかけてだそうです。

このところ仕事と家内の病院行きの同行と 例によってバタバタしましたが、やっと一段落。

前から気になっていた井上氏との面談を実現しようかなと思っています。
スイスから帰ったときにそれに合わせてFAXを戴いたのですが、小生の私事でお会いする都合がつかなかったので、延び延びになってしまいました。
井上氏には直接メールを入れますが、貴兄の友人のことでもあり、先にお断りしておきます。

鳥のインフルエンザの人対人の感染は時間の問題のようですね。
スペイン風邪と同じように世界を席捲しそう。
人間がどんどん堕落していくので、自然が罰を加えるのかも。

日本も汚職なんてかわいいもので、遂に耐震構造をごまかして多数の建物を作らせた一級建築士が現われました。このやり方だと安く建物が出来るため、仕事の注文がふえたとのこと。
そのためには人命無視。殺人と同じです。

震度5で崩壊し人に損害が出るかも知れぬ、と本人がインタビューで平然と答えるのを聞いて、昔の日本人はもういなくなったのだ、と思いました。
でも京王のホテルが、報道後にこの建築士の手による物だと判って直ぐに、閉館・休業措置をとったのには感激しました。

「あーやはりきちんとした日本人もまだ残っている」と妙にほっとし、感激したのです。
金のためになんでもする人間の横行は、政治家、公務員から始まってホリエモン、楽天、村上某ときりがありません。

田中角栄の日本列島改造論以降、金、金一辺倒が増え、がっかりします。
金より大事なものが見えなくなった現代は、やはり狂っています。

もう引越しまで2週間、息子さんたちを総動員して貴兄は楽をしてください。目が第一。
来年から夏に移動する必要も無いわけですし、今年ですっきりしてできますね。

奥様は貴兄以上に大変なわけですから、くれぐれも腰痛再発にご注意を。
そして、風邪にご注意を。 (05-11-18)

Tuesday, November 15, 2005

雑感(05-11-15)[o]

歳をとるということは、根気がなくなるということで、仕事でも家事でも途中で放り出したくなって 完結篇が少なく困ります。遅れた仕事は片付けるのに大分、時間がかかりそうです。
引越し作業は終えねばならず、貴兄の苦労が偲ばれます。後片付けが大変。

インフルエンザの予防注射はしましたか?
今のでは鳥のインフルエンザには効きませんが 年寄りは流感に弱いから、小生、必ずしています。
ただ、鳥インフルエンザが人間に移ったらアウトでしょう。
日本の厚生労働省の発表では、インフルエンザ治療薬の「タミフル」の生産は2,500万人目標だそうです。つまり、人口4人に1人分、どれくらい感染するか知りませんが、治療してもらえるのが全員ではなさそうです。
因みに、カナダは1,900万人分とか、鳥インフルエンザはもともと東南アジアで始まったものらしいですから、日本のほうが患者は間違いなく多く出るでしょう。

井上氏の中国トイレ事情、全く同感。
小生、旅行には必ず携帯ウオシュレットを持参するジヌシなのですが、中国はお手上げでした。
まず、水が近くになく使えないのです。有料トイレくらいしか使えません。
中国へ行くと、みんなウンチクを傾けるようになりますが、これも自然の摂理でしょう。

日本のトイレは最近はデパートは勿論、大きなビル、会社みんなウオシュレット完備で、助かります。外人がびっくりするのも無理ありません。

雅叙苑のトイレは、最近のものは知りませんが 戦前なら記憶にあります。
三畳くらいの畳の部屋で、真ん中に和式の便器が埋め込まれていましたが、これが塗りものの 木で出来ていました。
便器の中は恐らく、陶器だったと思いますが 金隠しの部分は木でした。蓋も勿論木製。
そして、足の部分には殿様が履くような草履があり、これに恐る恐る脚を乗せて「大」をするのですが、広く、豪華で落ち着かなくて周囲をきょろきょろ見回していました。
あまりに豪華で、昔の殿様はこういうところを使っていたのかな、と思った記憶があります。
こんな凄いトイレは見たことも無かったので、まだ小学校に入るか入らないかの年齢のときのことですが、未だに良く覚えています。
今度機会があったら、最近の雅叙苑のトイレを
見に行ってきます。

小学校の友人の家に戦前遊びに行ったら、トイレが洋式で、友人から使い方を初めて教えてもらいました。
これが、洋式トイレの初体験でしたが、今でもその友人と会うとその話になります。
五反田の池田山にあった洋館(この言い方も古いですね)の家で、父親は某財閥の幹部でした。

やはりトイレの話はウンチクを傾けたくなります。
この辺で。

やっと、「このごろ」用の短文を書きました。
仕事しか文章を書かなくなっているので、これ
だけでも書くのがやっと。ご免なさい。
(05-11-15)

Monday, November 14, 2005

どうかくれぐれもお大事に(05-11-14)[s]

申し訳ありません。 これから貴兄に返事を書こうと思って、Eメールを開いたのですが、うっかりして、間違って送信のボタンを押してしまいました。 ですから、空白のメールが行ったので驚かれたことでしょう。 すみませんでした。

ボツボツ引越しの準備をしなければならないので、いらなくなった書類をシュレッダーで切り裂いています。 ところが、このシュレッダー、安物をかなり前に買って放置しておいたもので、3分使っては、15分休ませないと、過熱してしまうのです。 タイマーを横に置いて、チンと鳴ると、ほかの事を暫くやるといった具合です。

鍼は週3回行っていますが、遠くに引っ越したら、その近くの別な鍼の先生を探して、変わろうかなと考えています。

私どもが12月3日に引っ越す前に、11月29日、息子がアパートを引き払って、一応うちに荷物を運んできて、それから我々の3日の引越しを手伝ってから、6日の午前4時のテレビ出演を済ませて、そのままロスアンゼルスに発つという、ややこしい手順なので、考えただけでこちらがくたびれます。

午前4時というのは、トロントで午前7時ということになり、その時間に全国生放送。 カナダは5つの時間帯に分かれていますが、何事も万事トロントの都合に合わさなくてはならないという事情があります。 息子はラジオは辞めましたが、週一回のテレビの早朝出演の契約はまだ残っているので、ロスアンゼルスに移っても、その地のテレビ放送局に頼んで、トロントとの中継を続けるとか。 まあ、若いから、そんな面倒なこともできるのでしょうが、私なんかにはとてもとても・・・。

貴兄こそ、お身体に充分気をつけて、お仕事に、執筆に、看護に、頑張ってください。
(05-11-14)

Saturday, November 12, 2005

お手数かけました(05-11-12)[o]

息子さんいよいよアメリカ行きですか。
あの世界にはかなり向いているように拝見しましたので、きっと成功されることと思います。
小生のようにゲイが多いことだけで、局に行くのがイヤになる性格ではどうしようもありませんがー。

ALOHAさんの件、お手数かけました。
小生から本人に直接連絡を入れさせていただきます。
中東問題は凄く造詣が深くイラクのことでのメールを拝見しただけで、奥まで良く見ておられると感心していました。
こんな大物とお会いするのはこちらが気が引けますが、せっかくのお申し出でもあり、おうけすることにします。
貴兄のメルマガのお陰で立派な方を何人も知り合うことが出来、感謝しております。
貴兄の交友関係の広さと深さに驚嘆します。

ALOHAさんだけでなく、井上さんとも、いつか
お会いしたいと思っています。韓国の呉さんも気になる方です。

ALOHAさんには例によって、「金嬉老」だけは持参します。

引越しの準備で疲れないよう、奥様の腰痛が出ても大変だし、子供さん方を総動員したほうがいいですよ。
昨年の引越しでは小生本当に参りましたから、   でも、海が見えるところは良いです。
小生今でも浦安の東京湾の景色を思い出します。マリーナイースト海風の街、という地名でしたが、本当に風が強く、14階は夏ほとんどエアコンを使わなくて済みました。
最近、ここに住む女性をマリナーゼと呼ぶんだそうで、テレビでも浦安は東京とディズニ-に近く 奥様方に大人気の土地で、マンション(勿論、日本名のものでアパート)も値下がりしないと報道していました。
僅か15年でしたが、住めてだけでもラッキーという感じです。

今度の住居で潮風にあたって、いい気分を満喫してください。ただ、車は塩でさびが早く出ます。
要、注意。水洗いを時々お忘れなく。

また時間を作って、なにか投稿します。私信ばかりでごめんなさい。

(05-11-12)

ALOHAさんからの連絡です(05-11-12)[s]

ご多忙、かつお疲れのところを、ALOHAさんへの詳しい書面も含めて、いろいろお伝えいただき、ありがとうございました。

ALOHA163(アロハ一郎さん)こと、坂倉一郎さんから、早速レスポンスがありましたので、お送り申し上げます。

= = = = = == = = =

彬 サン

目下Bangkok にてKuwait に入るべく待機中。(夜中の便に乗ります)

阿部さんの信ご転送忝く。

小生月末25日より東京に居ります。 電話03-3704-1689です。もし阿部先輩がご都合宜しければ都内にてお目に掛かりたいとお伝え下さい。小生への御連絡はこのMail にて差し支え御座いませんがKuwait 似にては日本語にての受信問題ありませんが送信はローマ字又は英文となります。悪しからず。ご自愛のほど。

一郎拝

= = = = = = = = = =

ALOHAさんのEメールアドレスは下記の通りです。

aloha163@yahoo.co.jp

ichirosakakura@novuscom.net

彼は1958年法学部政治科卒。 柔道部とワグネルの文武両道で活躍していました。 ご本人は鎌倉育ちですが、親代々の三田っ子です。 私は、彼がカイロ駐在時代、1962年、訪れて世話になりました。 三菱商事からベイルートの英国外務省中東研修所に派遣され、アラビア語に磨きがかかりました。 今は肩書き抜きのグローバル自由人。 パリ育ちのお嬢さんは今もラフマニノフ音楽院でピアノを研鑽中。 英国で学んだ奥様は東京とバンクーバーを行ったり来たり。 と言っても、長い間会っていないのですが。 

私どもは12月3日に引っ越す予定。 哲郎はその直後、トラックを運転してロスアンゼルスに向かいます。
(05-11-12)

Friday, November 11, 2005

人生模様(05-11-10)[o]

先日、やっと杉葉子さんに手紙を書きました。
そろそろ仕事も終わられたかなと思い、同級生の出光の会長と一緒に撮った写真もあったので同封しときました。
返事がメールか手紙でくればまた「カナダこのごろ」に報告します。

実はスイスの写真もまだ整理してない状況で、身の回りは乱雑そのもので、ひどい状態です。
自分でも信じられないほど、やるべきことができません。僅か50枚の写真がどうにもならないのです。

こんなとき気分がめいると益々ひどい状態になると思い、自分の気分を高めるべくわが人生は苦労は当たり前と思うことにしたのです。

息子さんのグッバイの放送を聞かれましたか。
小生もスタジオまで伺っただけに感無量です。
私も放送作家になるのが大反対だったおふくろが、こっそり小生の番組を聞いていたとあとから妹に聞き、親はそんなものかなと思いました。

小生は20歳を過ぎたら自分の生活を作り、自分で責任をもってすべてやれ、の主義ですから心配はしても、口を出したことはありません。
今の親よりも昔のほうが厳しかったですね。

ここから、別の話

ALOHAさんへ
先日頂いた潜水艦の話のコピーに原本が日本の潜水艦長のハシモトモチツラになっていて、モチツラという変った名前に記憶があったので、調べてみました。
橋本以行 元中佐は、原爆をテニヤン島に運んだ帰途の米重巡インデイアナポリスを撃沈した伊58の艦長でした。バンクーバーには行っていません。

重巡は大東亜戦争で日本の潜水艦が沈めた最後の大型艦でした。1945年7月29日のことです。

橋本氏は1909生まれ、1931海兵59期卒、1942伊24の水雷長としてパールハーバー攻撃に参加、そして4~5の潜水艦長を歴任して最後に広島、長崎の仇を打ったわけです。
ALOHAさんの読まれた本の元は橋本氏の「伊58潜帰投せり」(1952,10鱒書房)かその再出版(1987,1朝日ソノラマ 2001,1学研)の翻訳と思います。

この本を読んで潜水艦のことを大分勉強させてもらいました。
バンクーバーでは17発の砲撃をしていますが、大砲の弾は上甲板の水防の筒には20発程度しか入っておらず、艦内から弾を揚陸するのは大変でしかも戻しにくい、そのためバンクーバーでは17発で終わっていること、また距離を目測で撃つ為極めて不正確で当たらないこと、など判りました。

また、アメリカ本土を爆撃した話で、搭載機は小型、鈍足(時速170キロくらい)飛ぶ準備に1時間、飛んでる時間30分程度、収容するのに1時間と、計2時間半から3時間近く潜水艦は浮上していなければならず危険大、しかもレーダーなど無い飛行機は帰ってくるのが大変。艦が見つからねば終わり、という状態で行なっていたとのこと。
飛行時間4千時間を超すベテランのパイロットを使ったので成功したそうです。

なお、重巡インデイアナポリス撃沈の話は「Abandon Ship!」の原題で1958年、ニューヨークのヘンリー・ホルト社からリチャード・F・ニューカムというAPの通信員で従軍記者だった人が書いており、日本でも翻訳されています。
  亀田 正訳「総員退艦せよ!」
ALOHAさんは恐らくこの原本を読まれていることと思います。
ワシントンで戦後裁判になり、マックベイ艦長が潜水艦回避のためのジグザグ行動をとっていたか、否かが問題になり、橋本艦長も証人として出席したので、全米中に有名になったようですね。

一つの伊26潜のバンクーバー砲撃の話から、いろいろ勉強させていただき、感謝しております。有難うございました。

                阿部 基治
                           」

鍼は効果が出るまで、半年や1年はかかると思いますよ。腰痛のような痛みには効果はわかりやすいでしょうが、貴兄の場合は辛抱してもよくしてください。朗報を首を長くして待っています。
では、また。
(05-11-10)

Thursday, November 10, 2005

心の持ち様で人生明るくも暗くもなるのでしょうか(05-11-10)[s]

御返事が遅くなりました。 今までのルーティーンに、漢方医通いが週に3日増えたので、時計をみては、「あっ、もう出かける時間か」とソワソワします。

鍼は効いているのかいないのか。 日によって、時間によって、お天気と睡眠によって、見えたり、見えなかったりします。 一歩前進二歩後退カと思うと、次は一歩後退二歩前進。 ジグザグ行進を繰り返しています。

貴兄が、ご自分の置かれている環境を、ご尊父様のケースと比べて、角度を変えて見れば、重い気持ちも軽くなると言われているのを聞き、まったくその通りと、私も気の持ち様を変えたいと思います。

まあ、異郷の地で、子供達が図体だけは大きくなったのも、確かに凄くラッキーなことだったと思います。 それだけに、亡霊やメタンガスを愚痴ることは許されないと思うのですが、そうは言っても、沼地のガスはブクブクと、勝手に出てきて、私を悩ましています。 時間とディシプリンが必要ですね。

ロシア人は、福沢諭吉に向かっても、「ロシアに残らないか」と説得を試みたようでしたね。 西欧文明をおおらかに受け入れた福沢も、「ロシア人だけは不可解だった」と思ったようですが、昔も今も、ロシア人の本性を掴むのは、入道だこか巨大なイカを素手で捕えようとするものかもしれませんね。

そういう中から、トルストイやドストエフスキーの作品が生まれ、チャイコフスキーの旋律も湧き出たのですから、不思議です。 私が今よく聴くのは、ラフマニノフのピアノコンチェルトの第三ですが、私の心に浮かんでくる情景は、ロシアの大自然ではなく、薄暮のマンハッタンを、ハドソン川に添って、リバーサイドドライブを走っているような情感です。 これも私の音楽の感受性が浅く乏しいからでしょう。 しかしこれらの芸術家にとっても、ロシアは生き辛い国で、やはり不可解だったのではないかと思うのです。

哲郎の番組は先週の金曜日で終わりました。 ドライブしながら聴いていた歯医者は、「グッバイというアナウンスにショックを受けた」と言っていましたが、本人は到ってハッピーです。 CBCから1年間の休暇をとりつけ、心は早やLAに飛んでいます。 1年後に帰ってくる必要がないくらい、地歩を固められればいいのですが、所詮河原乞食。 前途は苦難と失意が待ち構えていることでしょう。 親としては幸運を祈るばかりです。

(05-11-10)

Tuesday, November 08, 2005

一安心(05-11-08)[o]

ヴィデオ着いたようで一安心。ゆっくり、眼の状態が良いときにご覧下さい。
男が慟哭するというか、号泣することを望郷は現実に見せてくれます。ルーマニアと日本がこんなに近く感じたことはありませんでした。
シベリヤでロシヤの非人道的な扱いの中で、二人の仲に芽生えた友情がどんなに素晴らしかったか、ロシヤ人に見て貰いたいと思います。
日露戦争に負けたことを40年もたって仇をとるようなスタ-リンのやり方に憤りを覚えます。
史上最高の殺人者だった彼を今のロシヤ人は平気で見習って北方4島を返さないのでしょうか。それでもあのドラマの台詞をロシヤはよく許したと思います。

先日小生がダウンした後、今度は家内が寝込み我が家は病室みたいです。でも、もう小生は平気です。先日来、小生の晩年は親父と同じか、もっと苦しいのが当たり前と思うことにしたら、気分が楽になりました。もし、よいことがあれば今日はツイテル、ラッキーと思うことにしました。
今まで看病は大変、と思っていたときが嘘のように気分は楽です。もう、貴兄につらいとこぼさづに済みそうです。
高校時代の友人が「スイスへ行けたのは奇跡だよ」と言ってくれました。まさにその通りでしょうね。あの15日間、医者にも行かずに済んだのは奇跡です。
行って本当に良かったと思っています。家内を連れてこれだけの旅はもう出来ないかもしれません。貴兄もスイスへ行かれる事があれば、ユングフラウとリギ山、ロートホルン、マッターホルンとレマン湖畔をお薦めします。
円安のせいか、カナダは100円を超し、スイスも90円を超しました。帰りのジュネーブからチュ-リッヒの機中で隣のオバサンがモントリオールへ行く人で、孫のことを息子の子供と言い、絶対に孫と言わなかったことを思いだしました。
日本へ帰るよりはモントリオールの方が少し近かったようですが、ヴァンクーバーは遠いと思います。オードリィの写真を送ったのは貴兄が行けない場合を想定したもので、井上氏は行くつもりのメールだったので写真を送るのを止めました。井上氏には大場さんの挑戦に答える必要なしと言うつもりでしたが、何も答えられないようでほっとしました。差別の問題は小生のことで井上氏が答える必要の無いものです。
英語が出来ない小生は、大場さんに言わせれば海外に出る資格の無い人なんでしょうね。
それにしてもいろいろな人がおり、それを貴兄が差別せずに載せていることに感服しています。
東大出が小生のいた会社では一番初めにリストラされましたが、そんなことを書くつもりは全く有りません。
彼等の精神構造をみれるだけで、大場さんのメールは読む価値があります。

千畝のヴィデオを日本語に全部替えていると言いましたが、考えてみるとアメリカ映画でフランスやドイツを描いたものは全部英語です。
この作り方が見る国民にとっては良いのかもしれません。
それにしても、リトアニアを去る直前のヴィザの書き方はいい加減で、これではきちんと書かれていないのが良く判ります。日本テレビのデイレクターの限界でしょう。
2本見比べると、出来の違いが良くわかるでしょう。

息子さんの番組が終わるのは残念、のっていて楽しそうに仕事をしていた哲郎さんの笑顔を未だに良く覚えています。
今後のご健闘をお祈りします。
でも、お子さんがみんな立派な社会人で凄いです。尊敬します。

時間が出来たら、きちんとしたメールを打ちます
今日は私信で勘弁してください。  (05-11-08)

Monday, November 07, 2005

小包が配達されました(05-11-07)[s]

今日、しっかり丁寧に包装された小包が届きました。 まことに有難うございあす。 心よりお礼申し上げます。

今着いたばかりですから、ビデオはまだ見ていませんが、お手紙と写真は拝見しました。 感謝のきわみです。

スイスの村の地図まで用意してくださって、もし私が自分で行くようなことがあれば、これがよき案内のマップになるでしょう。

写真には、スイスの香りがこもっています。 見ていて楽しくなります。

これからゆっくり楽しませてもらいます。

どうかくれぐれもお大事に。
(05-11-07)

Thursday, November 03, 2005

お元気そうで喜んでいます(05-11-03)[s]

調子が戻ってきたというお便りをいただいて、嬉しく思いました。

それにしても、貴兄のお便りから浮かんでくるご父君の生き様は感動そのものですね。 お子さん達に、隔世遺伝で、そのフルーガルな精神が受け継がれたのでしょうか。 すべてに豊かさのあふれる平成の時代に、倹約を旨として生きるというのは、美談物です。 

SON-IN-LAW が衆議院議員とは、これまた特筆すべきことですね。 選良としての責任も重大ですが、能力を発揮できる最高の舞台に立たれることをお慶び申し上げます。

CBCでお会いくださった末っ子の哲郎は、デーリーショーの幕が下り、ナショナルホストの職を解かれたので、ロスアンゼルスに移るべく、何やら画策中のようです。 若いうちにリスクを賭けるのもよいだろうと、何もしてやれない親は手を拱いて傍観するばかりです。 

しかし既にカリフォルニアに居る姉2人は、「無謀だ」と大反対。 「医療はどうする。 子供の教育はどうする」と理屈を並べるのですが、34才のコメディアンは、「NOW OR NEVER」とひるむ様子はありません。 どうなることやら。

アメリカに住んで働いてみると、カナダの方がのんびりしていいと思うのでしょうが、アメリカはカナダの10倍の規模。 日本もカナダの5倍ですからね。 隣の芝生の方が緑も濃くみえるのでしょう。

(05-11-3)

Wednesday, November 02, 2005

元気になりました(05-11-02)[o]

先日は何十年ぶりかで10日間も寝込んだせいか 弱気なメ-ルをだして失礼しました。
どうやら元気になり、今日からフィットネスクラブで軽い運動を再開しようと思っています。

親父は全くの石部金吉で中学のときに旭川から上京したのですが、外食することが無く下宿の飯を食べ続けたので有名だったそうです。
12人兄弟で仕送りが少なく、外で食べることなど考えられなかったといっていました。
ですから、小生も親父と外で飯を食った思い出はほとんどありません。

初めてアパートを借りたときに浴室付きが贅沢と怒られ、車を買ったときはもっと贅沢だと怒られ、親父は車も買わず、洋服も本当に傷むまで着ていました。
慶応に行かせて貰って小生の方が贅沢したかもしれませんが、大学の2年まではオーバーは買ってもらえず、ジャンパーでした。

私にも子供はいますが、皆贅沢はしません。
遺伝でしょうか。
息子は結婚せず、娘は結婚しましたが子供を作っても育てる時間が取れそうも無いといい、
{娘の亭主は先日の選挙で衆議院議員に初当選してしまい、小泉チルドレンの一員になってしまいました}従って、孫がいないので小生若々しいと自分では思っていました。

それでも病気になればどうしようもありません。
今後は少しずつ手抜きを考え、人生の引き伸ばし策を考えます。

昨日、高校時代の友人が訪ねてきて杉葉子さんの話になり、盛り上がりました。
彼はフジテレビでデイレクターをしていた男なのですが、若山セツ子さんの番組を担当したことがあり、あの「青い山脈」にでた若山さんが目の前にいると感激したそうです。 そのくらい「青い山脈」は青春そのものだったのです。
彼女も病気を苦にして20年程前に自殺しています。 人生、さまざまです。

そろそろ杉さんも仕事が終わったと思うので、手紙を出そうと思っています。

また、いろいろな話が出てくれば「カナダこのごろ」で報告します。

なお、いまALOHAさんから送っていただいたコピーの元の本を追跡中です。
これも判ればメールします。

私事ばかりでごめんなさい。
貴兄のお陰で元気になれたことを感謝しています。
遠くの貴兄に元気を貰いました。