Thursday, February 22, 2007

細川さんのメールを読んで (2007/02/21)[o]

細川さんのメールを読ましていただきました。現実の製造現場のひどさに愕然としました。小生は最初、化学工業の会社にいましたが細川さんの書かれているようなことはなく、赤字部門をどう黒字にするかには全社で取り組みましたが、人間を滅ぼすようなことは考えませんでした。良き時代だったのでしょう。

人あっての会社という意識がかなり強くありました。組織の三菱・人の三井とよく言われていましたが、その会社は三井系でした。

細川さんが素晴らしい腕をお持ちになりながらそれを活かせる仕事がないことをお聞きし、日本の現状が理解できた気がします。
一体日本はどこへ向かって進もうとしているのか、人をどう生きさせるのか、暗澹とした気持ちになりました。

物は安いのはおおいに結構、しかしそれにも限度があるはずで、100円ショップの愛好者である小生にとっては複雑な心境です。

格差社会のひどさは企業間にも言えることで、その従業員の収入格差も大きいものです。
日本経団連の仕事を暫くしていたのでその辺は良く判ります。こうした団体にも所属できない会社が一番問題でなおかつ解決しにくい問題を抱えているのです。

細川さんのメールを、是非多くの方に読んでいただき、企業経営に携わる方のご意見をお聞きしたいと思います。 (07/02/21)

Tuesday, February 20, 2007

二重国籍 (2007/02/19)

「カナダには年々20万人ぐらいの移民が入国してきているが」

「そして3年間無事に過ごして、簡単なテストを受ければ、割合容易にカナダ国籍を取得できる。 さらに85ドル払えば5年間有効の旅券が貰える」

「香港が中国に返還された時は、香港の人達が大挙してカナダにやってきたね。 そしてカナダの国籍をとると、再び香港に戻って行った。 ビジネスにはやはり香港の方がいいのだろうね。 若い中国系カナダ人の中には、『これでもう大丈夫』と喜ぶ声が聞かれた」

「しかしその中国も本来二重国籍を認めていない。 もし北京が厳しく目を光らせるようになったら大変だ」

「そういえば、昨年の夏、レバノンで戦乱が起こった時、カナダ国籍を持つレバノン人が4万人も居たから大変だった。 これらの人達は、カナダ国籍は持っているが、事実上レバノンに永住している人達。 従ってカナダには税金も納めないし、カナダに対する貢献度も少ない。 しかし一度頭上をミサイルが飛ぶようになると、カナダ人としての権利を行使する。 そして1万5千の人達がカナダの費用で脱出してきた。 一人当たり5千ドルはかかったそうだから、カナダの人達の中には眉をつり上げる人もいた」
 
「しかしカナダ国籍を取得しても、元の国籍をギブアップしないで、二重国籍のままでいる新市民も少なくないだろう。 ひょっとしたらかなりの人がそうかもしれない」

「三重国籍の人だって珍しくないんじゃないか」

「カナダの元首はイギリスのエリザベス女王だが、彼女もカナダの国籍を持っているのかな?」

「さあ、どうかな? しかしその女王のカナダにおける名代は総督だ。 その総督のミカエル・ジョンさんは、総督に内定した時点では、二重国籍だった。 ハイチ生まれの黒人女性だが、カナダに移住して育ち、結婚した相手がフランス人だったから、自動的にフランスの国籍もあわせ持つことになった。 総督になる直前にフランスの国籍は返上したようだが、何といってもカナダ国軍の総司令官なんだからね、問題にする人もいたようだ」

「ところが、次のカナダの総理大臣になると見られる自由党のディオン党首は、母親がフランス人だったから、生まれた時からフランスの国籍も持っている。 母親から引き継いだフランス国籍は母親の贈り物だから返上するつもりはないと言っている」

「以前保守党の党首候補に有力とみられていた人物も、アメリカとカナダの二重国籍だったことが表面に出て、出馬を取り止めたことがある。 あの頃は今と違って政治家の国籍にセンシティブだったのだなあ。 一方今度のディオンさんの場合は問題にする人が少ない。 年月が経てば、世論もそういうことに鷹揚になってきたのかな」

「お隣のアメリカも最近は二重国籍を容認するようになった。 日本でも民主党の中で二重国籍を認めようじゃないかと言う声が上がっていたが、その後どうなったかな」

「カナダの人口は3千万だが、国勢調査によると、55万人が二重国籍だそうだ。 三重国籍の人は4千人だが、これは自ら申告した人達。 本当はもっと多いのかもしれない。 カナダ人の二重国籍の半分はヨーロッパ系だが、うちイギリス系は9万人だ」

「一方、カナダ人で海外に住む人の数は270万人だ。 そのうちアメリカ在住が100万とみられている。 香港に住むのは25万だそうだ」

「カナダもグローバル社会だから、様々な人達が、それぞれの文化や衣裳をまとって、生きている。 それを坩堝と言わないで、個々の色を組合わせたモザイクと呼ぶのがカナダの特徴だ。 そのせいか街でみかける多様な人達も、それぞれ独特のターバンや民族衣裳で装っている。 そんなところをみると、新しい国に溶け込んで目立たないように振舞うよりは、自分のルーツを明らかにする生き方が、今のカナだのトレンドなのかもしれない」

「自分のアイデンティティをはっきり示そうとするのは結構だが、何世代も昔にヨーロッパからやってきて、今のカナダの社会と文化にドップリと浸ってきた人達にとってはどうだろう。 郷に入っては郷に従ってもらいたいのだろうが、カルチャーも血の構成もどんどん変わっていく時勢だ。 新しい皮袋を自分達で用意しなければいけないのかもしれない」 

(07/02/19)

Monday, February 19, 2007

誇りと責任 (2007/02/17)[o]

このごろの新聞は社会面の広告がお詫び広告で、埋まることが多くなりました。時には第二社会面の下まで、お詫び広告で埋ります。{第二社会面というのは、社会面の前のページのこと}

お詫びの内容は、商品の不良ー異物混入、賞味期限切れ、製造不良などなど:保険料の取り過ぎ未払い:機器不良ー大型トラックからガス湯沸し器までこれもいろいろ、
まぁ、世の中こんなに不良品や間違いが多いのかと驚くほどの数です。

これも、元は単純で働く者が責任感を持って仕事をしていないからです。自分の仕事に誇りと責任を持てば、こんなことは絶対に起きるはずがないのです。

トヨタ自動車が以前、仕事の拡大で熟練工が減り、季節労働者などに仕事を任せてそのため不良品が出た、と説明していましたが、季節労働者であろうと、パートであろうと、自分の仕事に誇りと責任を持っていたらこんなことは起きるはずがないのです。

日本人は何時から自分の仕事に誇りを持ち、責任を持つことを捨ててしまったのでしょうか。
少なくとも私が現役のときはこれを捨てたことはありませんでした。
自分の仕事、自分の会社にみんな誇りを持っていました。
時代が変った、という一言で済む問題ではないと思います。
これが、最近の日本や日本人をダメにしている大きな一因だと思うからです。

三菱ふそうトラック・雪印・パロマ・リンナイ・不二家と大型不祥事件は後を絶ちません。
私のように、問題を起した企業の製品を買わなくなる人はかなり多いと思いますから、それこそ会社にとっては存亡の危機に直面することになる筈です。
それでも、一時的な逃げ、あるいはお金欲しさに問題を隠蔽する企業が多くなったことに危機感を感じます。お金万能時代なのでしょう。

利益第一なのか、余計なお金を少しでも出したくないのか判りませんが、かなりの企業がお詫び広告を出している現状に、斜陽日本の現実を見る思いがします。

最近、阿部の字が安部になっています。大げさにしないで修正してください。 (07/02/17)

Tuesday, February 13, 2007

ご無沙汰しているのはこちらの方です (2007/02/13)[s]

小生の体調のことをお尋ねいただき、ありがとうございます。 実はちょっと体調が今ひとつというところでして、こちらの人なら、「アンダー・ザ・ウェザー」とでもいうところでしょうか。 風邪をひいたわけでもないのに、ちょっとだるく、ラジオ体操と散歩もいい加減にやっています。

戦争の起こるまでの、時代の伏線。 その盛り上がり。 そして双方が苦しむ死闘。 それを創り出す一握りの政治家や軍人の思い上がりの恐ろしさ。 

知らないことが多かったので、勉強になりました。 現代史の謎を解き明かすのも、歴史家や作家の課題ですね。 無尽蔵の資料の中から真実を見極めるのは大変なことだと思いました。

この前ミッドウェー海戦の惨敗の記事を読みました。 開戦後わずか半年で、諜報戦に破れ、甚大な被害をこうむったことも知りませんでした。 情報で勝敗が決まるのですね。 それにしてもイラクの生き地獄は、誰の責任でしょうか。 前の米軍司令官はアラビア語に通じていたというのに、デフィートという言葉を認めようとしませんでしたね。
 
私もこの月末、もう一度胃カメラを呑み込む予定です。

くれぐれもお大事に。    (07/02/13)

Sunday, February 11, 2007

ご無沙汰しました (2007/02/10)[o]

身体の調子はいかがですか?胃の方はよい薬もあることですし、もう痛みはなくなっていると思います。
ただ、目のほうは鍼が効果が現われているといいのですが、なかなか難しいでしょう。
手術でもよい方法があればとときどき他人事ながら、心配しています。

小生のほうは、胃痛がひどくて胃カメラの予約に行ったり、家内の用事に付き合わされたり、ルパン文芸の原稿依頼でやむなく書いたことも無いショートショートを10枚ほど書かされたり、あいも変らずドタバタの日々。
気がついたら2月も上旬が過ぎるのでびっくりしました。

硫黄島のことでは山田さんからメールをいただきましたが、カナダこのごろにも載っていたので、これには触れません。
著者の秋草さんが通信兵だったので、命拾いできたのではないかと、いう点で二人の意見が一致しました。
個人宛てに先に来たので返事は出しました。
それにしても、「死守せよ」という軍令部の命令は一体なんでしょうか。食料も弾薬もない兵隊に対して言える言葉とは到底思えません。

それから、アカデミー賞の授賞式を3月26日と、以前書いてしまいましたが、勿論2月の誤り。お詫びします。

井上氏からのメールでルーズベルトが大東亜戦争を挑発した全面的な責任者で日本に責任が無いとの指摘があり、「真珠湾の真実」R.B.スティネット著の本のことが上げられていたので、本を読みました。

これだけ読むと、1940年{昭和15年}からアメリカは日本の外交文書・海軍の文書の暗号を解読し、戦争の開始から真珠湾の攻撃まで全て知っていたことは明白です。真珠湾に行く過程で、南雲艦隊が完全無線封鎖をしていたので奇襲が成功したと今まで言われてきたのが、実際は無線は多数打たれており、空母の位置まで正確に把握されていたことに驚きました。
また、1940年作成のマッカラム覚書に従って日本が対米戦争を起すように仕向けたことも判ります。
ルーズベルトはドイツの起した第2次世界大戦に国民の90%が参戦を反対している現状を打開し、対英援助、自由主義社会をまもるため、日本に「大東亜戦争」を起させるようにもっていったことが良く書かれています。
意外なのは、マッカラム覚書がそんなに異様なものではないことです。
海軍情報部の極東課長だったかれが、日本が対米戦争を起しやすくなる要素としてあげたもので、参考までに列記します。
1、太平洋の英軍基地特にシンガポールの使用について英国との協定締      結
2、蘭領東インド{現インドネシア}内の基地施設の使用及び補給物資の 取得に関するオランダとの協定締結
3、中国蒋介石政権にあらゆる援助の提供
4、遠距離航行能力を有する重巡洋艦1個戦隊を東洋、フィリッピンまたはシンガポールへ派遣すること
5、潜水戦隊2隊の東洋派遣
6、ハワイ諸島にいる米艦隊主力の維持
7、日本の不当な経済的要求、特に石油に対する要求をオランダが拒否するよう主張すること
8、英国が日本に対して押し付ける同様な通商禁止と協力して行なわれる、日本との全面的な通商禁止

小生の言いたいのは日本は満州事変・シナ事変と中国侵略を進め、国連を脱退し三国同盟を締結したことは、明らかに世界の平和の侵略であり、脅威であったことです。枢軸国対欧米諸国との対立でした。
中国の蒋介石政権をアメリカが援助していたことは周知の事実です。
そして、三国同盟を結んでも、北部仏印へ進駐しても、アメリカは動かないと、松岡外相は信じ、発言していました。
アメリカの中国からの日本軍全面撤退の要求に対し、東条陸相が「中国で亡くなった20万の慰霊に申し訳ない」と拒否したことは有名です。そして、20万どころか310万人も殺す結果を生みました。

そうした前提があって、ルーズベルトは戦争になるよう仕向けたのであって、ルーズベルトが100%大東亜戦争の責任者であるとはいえないと思います。

勿論、戦争を起した責任の何%かは彼の責任はあります。
そして、真珠湾の敗北を海軍キンメル提督と陸軍ショート将軍に押し付け、降等までさせた彼のひどさは論外です。
暗号を解読しながらハワイの彼等には見せず、住民を含む3千人近くの人を爆撃で殺しても平気だった神経は異常とも思えます。
暗号解読を知られぬように、自国民を犠牲にする神経の持ち主も戦争の終わる前に急逝したため、真実は闇のなかです。

それでも、満州事変から1945年の降伏までの間の戦いで、ルーズベルトがその戦争の責任を問われたらせいぜい10%とか20%とか、そんなものではないでしょうか。
日本が欧米諸国並みに大国と思い、満州を基点に領土拡大を図ったのがそもそもの間違いと思います。

それと日本の外交政策のまずさは鎖国の影響でしょうか。全体の動きが読めない、思い込みで仕事をする、駆け引きをすることなど考えてもいないように思えます。
ALOHAさんの言うように、害務省なのです。
松岡洋右がその典型でしょう。もし、吉田茂が外務大臣だったらどうなったかと思います。「もし、たら」は言ってもどうしようもないことですがー。

それにしても、アメリカの大統領は戦争がお好きなようで、ベトナム・中東とよくおやりになります。
日本は62年平和を守ってきましたが、まだ近隣諸国は日本を好戦的な国だと思っている節があります。たまには外務省あたりがビシッと言ってもらいたいですが、害務省では無理ですかね。

今日はとりとめもない話になりました。また、メールを打ちます。 (07/02/10受信)

Tuesday, February 06, 2007

結婚を保つために (2007/01/31)[s]

イノさんへ

日本でも離婚率が上昇しているというお便りを頂戴しましたが、やはりそうですか。 こちらでは、2組に1組が離婚する社会ですから、私のまわりをみまわしても、離婚とまでは踏み切らなくても、離婚同様に夫婦関係が破綻しているケースが8割ぐらいになります。 その中には教会につながっている人達もいます。 北米の50%という離婚率は、まだ控えめな数字かもしれません。

離婚で一番打撃を受けるのは子供です。 しかし、「お仙泣かすな、馬肥やせ」という簡潔な名文で知られる城下町では、平成の世になって、母親宛ての短い手紙を募集しました。 その本を若い友人の上野正憲さんからいただいたのですが、最も印象に残ったのは、「お母さん、離婚賛成します。 今まで有難う。 もうこれ以上耐えないで」という身を切るような言葉でした。 戦前戦後を生き抜いてきた日本の多くの妻や母親の影が重なっているように思えました。 

かなり前にニューヨークタイムズが一ページ全面を当てて、日本のある老夫婦の生活を叙述していました。 日本の中央部で農業に従事する夫婦ですが、愛はなくても家庭は存在し得るというレポートでした。 黙って食膳に向かう夫は、結婚してから一度も妻の料理に「美味しい」と言ったことがないと伝えていました。 しかし昭和一桁生まれの私には「さもありなん」ととしか思えませんでした。 そんな感覚ですから平成の人から嫌われ、世の中から取り残されるのでしょう。 

F Dルーズベルトは政治家としては長期政権を実現しましたが、子育ての点ではむしろ落第だったとみられているようですね。 ジョン・レノンも平和とか愛をよくテーマにしますが、自分の子供には3年も会わなかった聞くと、崇高な理念と現実のギャップに戸惑いを感じます。

昭和の日本のエリートも滅多に自宅で夕食をしないようですね。 たまに家族と食卓を囲むと、座がしらけてしまうと聞きました。 日本にいた頃はやはり不在父親だった私は思わず身が竦む思いです。 子育ても妻が孤軍奮闘、シングルマザーと変わらない有様でした。 

アメリカやカナダの父親は子供とのインターアクションを重視しているようにみえますが、それでも量より質だと考えに傾いているようです。 普段子供と一緒に時間を過ごすことができなくても、デラックスなホリデーに連れていくことがそれを償って余りあると弁じます。 

では赤ん坊とどれだけ一緒に時間を過ごすかと訊かれると、一日15分とか20分と思い込んでいる父親達が多いようです。 しかし赤ん坊に自動記録装置をつけて調べたところ、実際に接触する時間は秒単位だということが分かったそうです。 

スペインのカトリック僧が始めたというのですが、マリッジエンカウンターという集まりが北米にもあります。 日本でも同じような試みが行われていると思います。 これは、危機的状態にある夫婦を対象とするものではなく、既に満足な関係にある夫婦が、ホテルや修道院、リトリートなどに集まって、他人や友達をまじえない、夫婦だけのプライベートな時間をもち、コミュニケーションの向上をはかろうというものです。 一度に数十人が集まるのですが、その後も5組ぐらいの夫婦がサークルになって、各家庭持ち回りで毎月集まります。 一組でも都合が悪い場合はその月はキャンセルになります。 

私共がカナダに住んでいる間そうした集まりに数回出席したことがあります。 バンクーバーやモントリオール、ボストンやサンフランシスコにも出かけました。 同じグループの中には、数回の離婚・結婚を経て、今の配偶者にめぐり合った夫婦もいました。 結婚というものは、よき配偶者に出会うまで、何回でも繰り返していいのだということを教わりました。 そういう人達の同情と理解に満ちた人柄に触れることができたのは、よき思い出となっています。

それでも、教会で親しくしていてマリッジエンカウンターにも関係していた夫婦が離婚した時はショックでした。 特にその奥さんが、教会員のみならず子供達の憧れの的となっていた女性だったので、そんな奥さんを捨てて昔のガールフレンドに走った夫の心境が今もってわかりません。

夫婦の仲は、脇からみただけでは分からないものですが、夫婦や家族の関係を維持していくためには、それなりの努力と学びが大事だということは理解できます。 それでもマリッジエンカウンターにも限度があることは覚えておく必要がありそうですね。

(07/01/31)