Friday, March 30, 2007

ビデオ送付に感謝 (2007/03/30)[s]

ビデオを3本もコピーしていただき、その中から選んでお送りくださったとのこと、恐縮千万どころか、何と言って感謝の意をお伝えしたらよいかわかりません。 感謝、感謝、感謝です。

そして3時間の超長編作品ということも知らなかったので驚いています。 私も、憧れの杉葉子さんの若き日の姿をみられるだけでもハッピーです。 到着を夢見つつ。
(07/03/30)

ビデオ送りました (2007/03/30)[o]

こちらは5月頃の陽気で、桜は満開。ただ、小生の頭は全く縮んだままで原稿は進んでいません。
本当はどこかに籠もって書きたいのですが、家庭事情は許してくれません。半分、あきらめの心境です。

ビデオは3本とった中で一番良いのを送りましたが、それでも画面のブレはひどく、申し訳ないものです。

貴兄の眼に悪影響がないよう、時間をかけてゆっくり見てください。
前・後編に分かれていますから、その点ではいいのですがなにしろ3時間ありますので、心配です。
こんなビデオは送りたくないのですが、貴重なものなので敢えて送りました。

一見してください。 (07/03/30)

硫黄島 (2007/03/29)[o]

山田様

川相昌一氏の書いた「硫黄島戦記」を読みました。陸軍の生き残りですが、偶然にも秋草氏と同じく通信兵で司令部壕にいて生き延びたようです。

その中で3月19日の総攻撃のあと壕の中で約二ヶ月生き延びるのですが、食料をめぐって日本兵同士が争い、殺しあう記述がありました。

捕虜になってからも、親米派とみなされた兵隊が同じ日本兵からリンチに遭う話も出てきて、同じ日本人として情けなく、憤りを隠せませんでした。

折角生き延びて、同じ日本人に殺されたり、同じ捕虜同士で殴りあったり、戦争がこんな不条理を引き起こすのでしょうか。

巻末に大野芳という作家の解説が載っていますが、それにもショッキングなことが書かれていました。
一つは「バロン西、出て来い」と元ロス五輪の馬術金メダリストの西大佐を、米軍が降伏を呼びかけた話はどうも創作だったとの話です。

米軍は西大佐が硫黄島にいることなど全く知らなかったそうですから、この作り話は明らかでしょう。

二つ目は栗林中将はそんなに大した人物ではなかったということです。

梯久美子さんの本が彼を美化しすぎたようで、同じノンフィクションを書いている者として書く姿勢のむづかしさを痛感しました。

小田静夫という作家も栗林や硫黄島について書かれていますが、誰の本が良いのか私にも判りません。

もし、山田さんが読まれて良いのがあったら、ご教示ください。

阿部 基治 (07/03/29)

Tuesday, March 27, 2007

ケベックの選挙 (2007/03/27)[s]

「カナダの総選挙の前哨戦とみられるケベック州議会の選挙が行われて、予想と異なる意外な結果となったが、これが連邦議会の選挙につながるだろうか」

「なぜ意外だと言うのか」

「ケベック州では、今までは、独立を目指すPQパルティ・ケベコアと、カナダに留まるべきだとする州自由党が、交代で、ケベック・シティの政権を担ってきた。 ところが2007年3月26日の選挙では、それまで72議席を擁して絶対多数だった州自由党が48と過半数を割ってしまって、少数派与党になった。 第一野党だったPQも36議席で第三党に後退。 PQがこんなに落ち込んだのは1973年以来だそうだ。 そして今まで5議席しかなかった保守系グループのADQアクション・デモクラティックが驚異の躍進をとげて41議席を獲得。 オフィシャル・オポジションになったのだから驚いた」

「オタワも喜んだだろう。 カナダ分裂の脅威が当分回避されたのだから」

「オタワのハーパー首相も、PQを押さえ込むためにシャレの州自由党政権に肩入れしていたが、シャレ自体の人気が不発に終わってしまった。 その代わりダークホースだったデュモン党首のADQがPQのボアクレア党首を抑えたのだが、このADQの立場が実はどうもはっきりしない。 カナダ連邦の一部として現状に就くのか、それとも分離して独立に傾くのか。 しかし保守的な立場だから、ハーパーもADQの進出を歓迎している。 これでケベック独立の推進は冬眠だな」

「デュモンはまだ30台の後半。 以前は州自由党の青年部にいたのだが、州自由党から独立してADQをつくった。 今度は40人の仲間とともにケベック・シティの州議会に乗り込むわけだが、殆どが経験のない新人ばかり。 ケベックの選挙民がADQに票を投じたのは、新しい政治運動に新鮮味を感じて賭ける気になったからかな? それとも既存体制派の州自由党とPQに対するアンチテーゼのあらわれだろうか?」

「ADQはまだ正体を明らかにしない政党だが、選挙の速報をみていると、開票が始まってから暫くは第一党だった。 この調子では政権をとるのではないかと思った程だが、デュモンの力量はまだクェスチョンマーク。 結局はベテランの多い州自由党に落ち着いてやれやれだった」

「それにしてもシャレは二昔前、マウルーニー進歩保守党政権で閣僚だった逸材。 進歩保守党が壊滅した1993年の総選挙にも生き残り、党首のポストに就いた。 その後危機にあったケベックの州自由党から三顧の礼で迎えられたのだが、前回の州選挙で過半数をとったものの、州民の評判はいまひとつ。 今回は、少数派与党の党首として一応州首相の地位に留まるが、これから先、通常4年の任期をまっとうするかなあ。 まだ若いし、早期転進の可能性もあるように思う」

「PQのボアクレア党首は交代だね。 この人も若いが、リイーダーシップに疑問符がついたから、今は退陣を否定しているけれども、早晩その時機はやってくるだろう」

「外国為替市場はケベック選挙の結果を好感して、カナダドルも引き締まった」

「今日のカナダドルは、USドルにして86.326セント。 1USドルは Can$1.1584。
 1カナダドルは 101円 692、 100円は Can$0.983362 」

(07/03/27)

青い山脈 (2007/03/27)[s]

昨夜メールをいただきました。 貴兄からのメッセージは、字が大きいので、読むのに楽で、お心遣いに感謝しています。 しかし、折り返し返事をしたためるには、夜半になると目が疲れて、モニターに向かうのがちょっと辛いので、今朝になってから返信させていただきます。

「青い山脈」を、手間ひまをかけて再生し、お送りいただけるとのこと、かたじけないことです。 時間とご努力に、感謝の言葉を知りません。 感謝感激です。

「青い山脈」は、映画を見たこともないのに、原節子と池辺良、そして杉さんのスチールが頭に浮かんできます。 そして、主題歌も、耳の中で響いてきます。 断片的ではありますが、歌詞までよみがえってくるのは、どうしたわけかと、我ながら意外に思っています。 それほど一世を風靡した作品であり、国民的イベントであったわけですね。

あの映画が封切られた頃、私は鹿児島の街をウロウロしていたわけですが、貧しかったけれども、あの頃は苦労も知らないでよかったなあと、懐古趣味に傾くのは、年のせいですかね。

ビデオの到来を、首を長くして待っています。 ありがとうございました。
(07/03/27)

ビデオ送付の件 (2007/03/26)[o]

仕事を辞めて暇が出来るはずなのに、毎日雑用に追われ原稿も全く書けない有様。
小生は要領が悪いのか、どうしようもありません。

貴兄が杉葉子の映画を見たことがないと聞き、何をダッビングして送るか悩みました。
というのは、一番お薦めの「青い山脈」が元のテープがβⅢでしかも22年前に撮ったもので傷みがひどく、画面がやたらとちらつくのです。

しかし、彼女の代表作はやはりこれしかなく、βのデッキをクリーニングして何とか見られるものにしました。やっと映っているという程度です。
画像の乱れはひどく、映画というより資料として見てください。
貴兄の眼にはきっと良くないので最初に杉葉子が直ぐ出てきますから、後は声と音楽を楽しむつもりで見ていただければ、幸い。
でも、このテープを持っている人は少なく、昭和24年以来、本物を見たことがない人が多いようなので、珍品かも。

今、杉さんからのスケジュールの返事待ちです。(5月下旬にお会いしたい旨、申し入れ中です。)
一緒に会うのは高校同期の、藤井謙一(元フジテレビディレクタ-・五社英雄と「」三匹の侍を撮っていた男)、出光昭(出光興産会長)と、小生の三人です。
この二人にもテープを送って話の種を準備してもらうつもりです。

まぁー58年ぶりに青春が甦ったと思うと、やはり感無量です。
ALOHAさんにも連絡を入れてありますが、彼は現在、中東に行っており小生の会うスケジュールを教えろと言ってきています。
5月に日本に戻るつもりなのでしょうか。

テープが着いたら先ずは見てください。高校時代のことが思い出されると思いますよ。
(07/03/26)

Monday, March 19, 2007

杉葉子さんのこと (2007/03/19)[s]

すばらしいことです!!  本当に驚きました。

5月ですか。 ホームランの快音を残して、球が紺青の空に吸い込まれていくような気分です。

杉さんの言葉はリップサービスではなかったのですね。

最近、「あの夏 - 60年目の恋文」というドキュドラマのビデオを借りてみました。 60年前、ひと夏教生として教壇に立った若い女子学生を忘れ得ぬ小学生の男児が、60年ぶりに手紙を送って再会するという感動のドキュメンタリーでした。 その話と類似しています。

私は残念ながら杉さんの映画はみたことがありませんが、さわやかな容貌とスラリと伸びきった手足のプロポーション。 今でもまぶたに残っています。

すばらしい再会を心から祝福しつつ。 (07/03/19)

杉葉子さんのこと (2007/03/18)[o]

先週、突然杉葉子さんからメールが届き、5月中旬に来日されるとのことでした。
出来れば、お会いしようと、現在、杉さんとスケジュールの確認等をしています。

新宿高校時代の小生の友人を二人ほど同行させ、一緒に昼食でも食べながら昔話をするつもりにしています。

まだ、だいぶ先の話ですが、もし、会えればこれも「カナダこのごろ」の取り持つ縁ですので第一報の情報を送ります。 (07/03/18)

Saturday, March 17, 2007

四日間の奇跡 (2007/03/16)[o]

早速のメール有難うございました。「南海の花束」はまさか「このごろ」に載ると思っていなかったので少し、びっくりしました。
処理は貴兄にお任せですから構わないのですが、井上氏の反響も直ぐあって良かったな、と思っています。

井上氏はセンターが特定の人のように思っておられたようですが、そんなことはなく、誰でも見に行けるのですが、ホールが300人くらいしか入れないので人気作品は早めに行かないと入れません。「南海」の時は開演の45分前で約100人待ち上映のときは80%の入りでした。
一般500円、シニア300円という低料金ですし、他では見られない映画が多いので人気があります。月曜休館ですから土日も大丈夫。
ホームページがwww.momat.go.jp/にありますので、上映作品は直ぐ判ります。

「四日間の奇跡」については寡聞にして上映されたこともまったく知らず、キネマ旬報で調べたら約2年前に東映が作った作品と判りました。
勿論見ていないのでコメントしようがありません。
その内にレンタルでもして見てみます。

このところ、神経安定剤を2倍の量飲んでなんとか持ちこたえています。
一言も言葉を発しない日も結構あるので、ストレスが溜まりすぎているのでしょう。

看病している方が倒れる話は日本では多いのですが、医療費タダのカナダでは病院に依頼する方が多いのかも。
小生は医療費の高さと収入減に浦安をあきらめたのですから、今は介護保険も全く使っていません。全部、自分負担になるわけです。

なるべくゆっくりと暮らすように努めます。 (07/03/16)

Thursday, March 15, 2007

四日間の奇跡 (2007/03/15)[s]

だいぶお忙しく、無理をなさっているようで、気がかりです。 お互いギヤをニュートラルに入れて、行くことにしましょう。

この前は、潰瘍のあと回復に1年近くかかると教えられて、安心しました。

しかし、「忘れ薬」の副作用か、理解力、感受性が落ちています。

昨日「四日間の奇跡」というビデオを借りてきてみたのですが、どうも筋の発展についていけません。 娘が飛行機の中で見て、「今まで見た日本映画の中で最高。 悲しい物語だけど」というので、日本映画のレンタルショップに出かけたのでした。

カラーのはずなんですが、うちのテレビでは、殆ど白黒にしか見えませんでした。 ところどころ色がついていましたが。 台詞も日本語なのに聞き取れない部分が時々あり、頭脳の衰えを痛感しました。

そこで、グーグルを開いて前半の筋を読み、今日再び鑑賞。 ようやく大体のストーリーが分かりました。 しかし傍らにいた家内に時折説明してもらって、「そうなのか」と、頭の中に残る謎を解く始末です。

しかしいい映画でした。 吉岡秀隆、西田敏行の、微妙な表情の動きで表現する演技力。 二人ともさすがと感心しました。 しかしコマーシャルベースの映画会社やTVプロダクションが、よく作りましたね。

お大事に。 (07/03/15)

Tuesday, March 13, 2007

南海の花束 (2007/03/12)[o]

カナダもサマータイムの由。今まで環境問題に冷淡だったアメリカが手のひらを返すようにうるさくなったのは、ブッシュの影響力が落ちたということでしょうか。
戦後、日本でもサマータイムが導入されたときのことを覚えていますか?
みんな睡眠不足になり、あっという間に廃止になりましたが、それを知らない若手の議員達が復活を叫んでいるそうです。
何故止めたかも調べることなく、環境に良いというと直ぐ乗るという浅はかな連中の動きになさけなさを覚えます。

哲郎さんが映画祭で受賞されたとのこと、本当におめでとうございます。映画祭が7,000もあるのは知りませんでしたが、賞を取るのは大変なことです。そこで数多くの人に優秀さを認められ、共感を呼んだということなのですから。

小生は賞など全く縁がなく、放送作家になったときも書いた台本を持ち歩いてたまたまNHKで拾ってもらっただけのこと。
本も勝手に書いていたら、何故だか2作目の金嬉老で師匠に当たる山本祐司氏が、「山本祐司ノンフィクション賞」というのを呉れました。賞金10万円は嬉しくてどこに、どう使ったか記憶がありません。
この賞が人生で唯一のものでしょう。勿論、学校でも賞には縁がありませんでした。

ところで、今日のメールの件名にした「南海の花束」が映画のタイトルだと判ったら貴兄はかなりの映画通です。

昭和17年[1942年]東宝製作の航空映画です。たまたま、国立近代美術館のフィルムセンターで、円谷英二の特撮映画の特集があり、見に行ったのです。
丁度、「ハワイ・マレー沖海戦」の前に作られた映画で、監督阿部豊、脚本阿部豊・八木隆一郎、撮影小原譲治、音楽早坂文雄といったそうそうたるスタッフです。
昭和17年のキネマ旬報のベスト10は1位が「ハワイ・マレー沖」で、この「南海の花束」は5位でした。
主演は大日方傳、河津清三郎、大川平八郎、杉村春子、菅井一郎というメンバーで佐分利信がちょっと出ていました。
杉村春子は年をとられてからとほとんど変らぬ顔で登場し、苦笑ものでした。
河津が若く、戦後の任侠ものよりよほど良かったです。

話は大日本航空がモデルで、南洋に航空路を持つ会社が赤道近くにまで航路を開拓するという話でした。
勿論、その飛行機を見るのが目的でしたが、最初に出てくるのは単発複葉の郵便運びの水上飛行機、そして双発の飛行艇が出てきて、航路開拓に登場するのが九七式大艇です。
あの川西が作った4発の飛行艇です。第1回目は台風に巻き込まれ遭難、そして2回目の開拓便が遭難地点に花束を落とすという話です。

円谷の特撮はハワイ・マレー沖に劣らぬ出来で嵐の中で九七式大艇が落雷で翼を折り、エンジンから出火するシーンも良く出来ていました。
それ以外にも特撮場面がありましたが、かなりの出来で、小原の実写撮影も飛行艇の離着水のシーンも良く撮られていて見応えがありました。

戦時中の映画にもかかわらず戦争の話は全く出てきません。最初の字幕に「横須賀鎮守府検閲済」と出るのが、唯一戦争を思い出させるくらい。
南洋は恐らく、サイパンロケで撮ったと思われ、チャモロ族の踊りのシーンも出てきます。
映画の中では南洋という言葉と、あと、カタカナの地名が使われていますが、実名ではないと思いました。

九七式大艇は、紀元1997年すなわち昭和12年に型式が認定された飛行艇で、4発高翼単葉の長さが25メーター、巾が40メーターもある大きな飛行艇で、私が調べたところでは全部で179機作られています。このあと、有名なニ式大艇が生まれ、九七式は速度も遅いこともあって後方でしか使われなくなるのですが、映画では4発でもあり、かなり大きく見えました。
今、お台場に残されている二式大艇を飛ばしたらもっと迫力があると思われます。

大日本航空が、昭和14年4月に横浜~サイパン~パラオの定期航空路を開設したときに九七式の輸送飛行艇が使われており、この映画はその話を赤道まで開拓するということで作られたように感じました。

フィルムセンターは一度火事で焼け、かなりの映画が焼失したと聞いていますが、この「南海の花束」にせよ、「愛染かつら」、「新しき土」など戦前、戦争中の名画はまだ数多く残されているようです。
小生もときどき足を運びますが、貴兄が在日なら毎回誘いたくなるような映画ばかりです。

このところ、家内の調子が良くなく、また、家事おさんどんに明け暮れています。
小生自身がノイローゼ気味で倒れそうなのですが、そんな文句を言う余地は我が家にはありません。
兄弟姉妹、子供は最初からあてにせず、近況も知らせていないので姉妹は家内の病気のことも全く知りません。貴兄が我が家の内情を一番よく知っている唯一の人間でしょう。
こうして愚痴をこぼされて、貴兄も迷惑しているでしょうが我慢してください。
その内に止めます。

そんなわけで温泉休養は夢と消え、今日も炊事洗濯、掃除、自転車のパンク直し、食料買出しと大忙しです。

このメールも読み返していないので、読みずらいところがあったらごめんなさい。
その内に「このごろ」に載せられるようなものを書きます。
完全に神経がおかしい・ 0より       (07/03/12)

Saturday, March 10, 2007

サマータイムになりました(2007/03/10)[s]

先日は近況をお知らせくださいまして有難うございました。

北米では、今夜夜中に時計を一時間進めなければなりません。 つまりその分だけ睡眠が減るわけですが、それはよいとしても、このデーライトセービングタイム、あまりエネルギー節約にはならないそうです。
しかしお隣のアメリカが、今年から今までにくらべて3週間早く実施することにしたので、カナダも右へならえです。 ただサスカチュワン州だけは、一年中標準時を守ったままです。 リジャイナに飛ぶ飛行機を運行する航空会社は、その時刻表の調整をどうやるのだろうと、いつも気になります。

私の場合、カシオの腕時計がハイテクなので、時間の調節ができず、一年中、いじりません。 従って、ディジタルの時刻をみては、それに1時間足すメンタル作業を余儀なくされます。

時計は、サンマータイムでも、外の気温は、まだ春にはほど遠く、空は薄暗く曇っています。

ご指摘のように、メールマガジンも、投稿の足並みについていくのが、精一杯です。 皆さんの声を紹介できるのは、嬉しいことで、光栄なんですが、それにしても、井上さんの筆力には圧倒されます。 他の人のアイディアや表現が加わると、バラエティができて、ありがたいことですし、読者の皆さんも歓迎してくださるでしょう。

健康の方は、昨年に比べて疲れやすくなりましたが、潰瘍の回復には1年近くかかると教えていただき、小生も気が楽になりました。

CBCでお会いくださった次男の哲郎は、まだロスアンゼルスに居ますが、先だって3週間ばかりCBCに呼び戻されて短期のプログラムを作っていました。 しかしアリゾナの映画祭で、ビデオカメラで作った自分の映画が銀賞をもらい、本人も意外だったと喜んでいました。 なにしろ7年前にクランクした映画ですから、自分でも、不満な出来だと言っていたので、映画祭に招かれただけでもラッキーだったと好運を喜んでいます。 世界で映画祭は7000もあるのですか? そのうち30ぐらいに申し込みたいと考えているようですが、受け付けてもらえるだけでも難関なのですね。 日本の若い映画作家達も海外で成果を挙げているようで、感心します。

私は例によって、いつも鳴かず飛ばずです。 

どうかお元気で。 (07/03/10)

Friday, March 09, 2007

近況報告 (2007/03/07)[o]

胃潰瘍は今の薬ならすぐ良くなると思いますが、小生も潰瘍ができたときは体重が激減し1年近くはおとなしくしていましたから、このメルマガを維持するだけでも重労働だと思います。しかも、良くない目も酷使しているいのでしょう、心配です。どうか無理せず、休むときは思い切って休み、休刊することです。
1週間休んでも読者は心配こそすれ、文句は言いません。

小生はコンサルタントの仕事を辞めたら少し暇の時間ができるかと思ったのですが、何も変らずかえって忙しい有様、家内の具合が良くなってもこちらへの恩恵は少なく、家内は何でも小生がしてくれるものと思い込んでいて、洗濯・掃除から相変わらず小生の仕事です。

ルパンの小説は書きましたが、本の原稿は手付かず。年のせいでしょうか、体調も良くなく、直ぐ風邪を引きます。

少しはきちんとした文章を書いて投稿したいと思いつつ、生来の怠け者はどうしようもなく貴兄の桜の便りを読んで、あーもう桜の季節かと思うくらいです。申し訳なし。

この後確定申告で戻ったお金で近間の温泉に2~3日行って体調を治し、
気分を入れ替えてまたメールします。 (07/03/07受信)

Sunday, March 04, 2007

桜の時節が訪れました (2007/03/04)[s]

バンクーバーにもやっと春がやってきました。 といっても、カナダの東部やアメリカの南部では、いまだに冬将軍が猛威をふるっていて、各地で事故や停電の報があいついでいます。

ここでは、桜がほころびはじめました。 といっても、ワイフが「ピンクの花がみえますか」と言うので、はじめて街路樹を見上げる始末。 桜というと、貴兄と一緒に歩いた時のことが懐かしく思い出されます。

それでも2年前は、坂道でもさして苦にならなかったのですが、今年はどうもきつく感じられます。 胃潰瘍をやってから脚力が弱ってきた感じです。頭の方もだいぶ衰えてきているので、困ったものです。

どうか自由の春をエンジョイしてください。    (07/03/04)