Saturday, June 24, 2006

ビデオかたじけなく拝受しました(06-06-24)[s]

驚きました。 アパートの玄関のブザーが鳴り、インターコムで、「郵便物の配達です」と言う声が聞こえてきます。 急いで降りて玄関に行くと、郵便配達人が大きな小包を持って待っていました。 それが貴兄からの予期しない贈り物でした。 ビックリしました。 感謝とともに受け取りました。

待つのももどかしく、早速丁寧に包装されたパーセルを開いてみると、ビデオが三本。 それも「会議は踊る」とか「望郷」という、名前は聞いたことがありますが、私にとっては幻の名画。 「七人の侍」は見たことがありますが、ビデオに記入された数字で、「あぁ、あれはまだ大学に通っていた頃だったか」と懐かしく思いました。 それ以来もちろん見る機会はなかったのですが、このビデオで昔の感動が再現するのかと楽しみです。 独仏の名画にいたっては、七十年前の作品。 宝島で宝石の入った宝箱をみたような感じです。 本当にありがとうございました。

お忙しいのに、三本もコピーするのは、時間もかかり、たいへんだったでしょう。 ビデオマシンも数台お持ちなのかもしれませんが、その複数の機械を長時間使っての労作。 感涙を覚えます。

その後、お仕事と奥様の看護はいかがですか。 暑さも増し、涼風が恋しくなる時節ですが、千葉の方は東京よりしのぎやすいのでしょうか。 バンクーバーも、天気予報によると、29度から31度と言うことですから、扇風機をかけて、室内の空気を掻き回さなければなりません。 

浦安にお住いの頃は、潮風が吹き抜ける街で、よかったでしょうね。 日本からの短波放送で、金子よしえさんというアナウンサーが、浦安の素晴しさをリポートしているのを聴いて、大東京の間近にそんな理想郷があるのかと、羨ましく思ったことがあります。

私は、晴海の単身者用アパートに暫く住んでいたことがあるのですが、あの頃は、足が海の方へ向かず、バスでいつも服部の時計台が斜め前にそびえる銀座四丁目のバス停まで一っ走り。 公団のアパートでしたが、部屋の広さは四畳余り。 明るかったのですが、海辺にはセメントの工場がそびえていて、潮風どころか絶えずセメントの酸っぱい粉塵の匂いが漂っていました。 今思えば、あの頃月島とか佃に近かったのですから、下町の風鈴が聞こえる露地を歩いて情緒を探索すればよかったと、残念です。

カナダの西部は、アルバータのオイルサンドの開発、それに後四年後に冬季オリンピックを控えたバンクーバーも、猫の手でも借りたい程の建築ブームです。 ついこの間までは、求人広告に二百人もの応募者があったのに、今は二人の問い合わせがあればいい`方。 それでも、失業十年になる私には、どこからも声がかかってきません。 それどころか、最近とみに英語の理解力が衰えてきて、仙人といえば聞こえがよろしいが、知的廃人に近くなってきたことを情けなく思っています。 

このところオシッコが近くなったので、泌尿器科の先生に診てもらったら、前立腺肥大との診断。 八月にレーザーの施術を受けることになりましたが、今までは、映画館に行っても、途中抜け出してはトイレに駆け込まなければならなかったので、治してもらえるのが楽しみです。 目の方は、鍼を続けているのですが、なかなか好転せず、はかばかしくありません。 まあこれも老人になったしるしですから、半ば観念して鍼を続けることにします。

この一週間ばかり、国連の「都市の住まい」についての会議がバンクーバーで開かれましたが、世界中から都市開発に関心のある専門家やアマチュア達が集まりました。 そしてバンクーバーが「歩いてどこへでも行ける街」ということが会議の話題になったようです。 そういえば、私達も、買物も散歩もすべて徒歩。 車には滅多に乗らなくなりました。 自分では意識しなかったのですが、これで我々も時流に乗っかった暮らしをしているわけだと、自己満足にひたっています。

Friday, June 09, 2006

Oさんへの返事(06/06/08)[s]

コンピューターの時代にあって、珍しく貴重な封書を頂戴したので、「何事ならん」と封をあけたのですが、そうでしたか。 お手許のコンピューターの修理が手間取っているとのこと。 心からご同情申し上げます。

どうして日本の一流メーカーの製品が故障するのでしょうね。 そういえば、インターネットの新聞の見出しに、アメリカの自動車団体が、品質の点では、韓国の現代の車がトヨタを抜いて、高く評価されたとありました。 一位はポルシェ、二位がトヨタのレクサス、三位が現代で、トヨタの他の機種は四位。 ホンダは六位とのこと。 

こちらの電化製品の店では、横長のテレビも、なじみの薄い韓国製品と中国製品が日本の東芝やパナソニックを抑えて、目立つところに陳列してあります。

そこで思い出したのは、1969年ロンドンで、初めて車を買った時のことです。 まだソニーやパナソニックが怒涛のように英国市場に雪崩込むちょっと前でしたが、当時も在英日本人駐在員は、イギリス製品を上等舶来と崇拝していました。 イギリスかぶれの私もそうでした。 ですから日本人同僚の車も当然オースティンとかその他のイギリス製。 戦後の日産は、オースティンと技術提携していましたからね。

ディーラーをのぞいてみると、ショールームの一隅に、トヨタのコロナがありました。 日本では既にマーク2が走っていたのですが、そこにあったのは、それより前の旧式のスタイルです。 家族と相談してそれを買ったわけですが、日本人同僚に話すと、「アッと驚く為五郎」という反応が返ってきました。 為五郎とは何のことか判らないのですが、意外な選択と受け取られたのでしょう。 日本製品は「安かろう悪かろう」というまだ先入感が日本人にも沁み込んでいたのでしょう。 その頃は、日本大使館からのお達しとして、「在留邦人はテーブルクロスのかかっていないレストランで食事しない様に」というお達しがあったそうだとか、嘘の様な話も聞きました。

しかし、その直後、1970年頃から渡航が自由化され、円高も手伝って、ロンドンにも「オペア」と称するお手伝い志望の大和撫子のお嬢さん達がドッと押寄せ、ピカデリーサーカスのキューピッド像の噴水の辺りにたむろするようになりました。 

それにドブ鼠色の背広に、眼鏡にカメラの日本人。 それは私自身の姿でもありましたが、それに肩から「キンキ・ニッポン・ツーリスト」のショルダーバッグをさげている人もいます。 ロンドンっ子達は「なんじゃ、ありゃぁ」と目を剥くのですが、近鉄の人も「キンキ」が失笑の種だということは、昔からご存知の筈。 まさか今でも「キンキ」のバッグをサービスに配っているのではないでしょうね。 その頃泉の様に湧き出してくる日本人の群れをみて、イギリス人は「まるでレミングだ」と首をひねっていました。

話が逸れましたが、コロナに決めた後で、そのディーラーのマネジャーが、「実は、私も同じ車を使っているのだが、調子がよい。 それに比べて、このイギリス製の車はどうだ。 見てくれはいいが、中味はこの通りだ。 空っぽだ」とボンネットを開けて、エンジンを見せてくれました。

(自分が持っているのなら、早くそれを言えば、買い手の気持にも弾みがつくのに)と思ったのですが、それを敢えて言わないところが、古いイギリス人気質なんでしょうか。 だから、イギリスは国際セールス合戦でもなかなかライバルから市場を奪い返せないのでしょうね。

それから暫くして、コロナを整備工場に持って行ったのですが、そこにいた中年のイギリス人の客が、「その車はどうかね」と話し掛けてきました。 そして「私の車はイギリス製だが、この頃の英国車は、どうして故障ばかりするのだろう。 昔はイギリス製というと、信頼がおけて、こんなことは無かったものだが。 私もこれからは日本車に切り替えることにするよ」と憮然として語っていました。

その頃です。 イギリス議会で、議員が「メード・イン・ジャパン」について発言していました。 「昔は、日本製というと、品質が悪いから、消費者が用心するように『メード・イン・ジャパン』の表示をつけさせたものだ。 ところが今は『メード・イン・ジャパン』というと、品質が良い証拠とされているから、これからはその表示を止めさせるようにしよう」と。

カナダでも、ついこの間までは、韓国製というと、「お粗末」の代名詞だったものですが、この頃は日本人でも、電化製品の店で、「”サムスング”、これが今世界で一番良いのだ」と迷わず、即座に買います。 

韓国の「日本に追い付き追い越せ」は本物となって実現したのですね。

来月はポーランドのアウシュビッツ詣でですか。 以前のサイパンの SUICIDE CLIFF検証といい、本当にスゴイことですね。 貴兄のたくましい精神力と体力、そして経済力と、その精気に満ちた生き方にはつくづく頭が下がります。 これがまた素晴しい紀行文やエッセーとなって文字に文章に再生されることでしょう。

奥様の健康が少しずつ上向いているとうかがい、喜んでいます。 貴兄も来月の旅行にそなえて、英気を養ってください。

Oさんから近況報告(06/06'04)[o]

ご無沙汰してしまい申し訳なし。 5月初めパソコン故障し、4週間もかかって修理から戻ってきたらきちんと作動せず、インターネットメールも見れず、再修理依頼しました。やっとーーー。 そこへ達するまでに電話で2時間もやりとりして疲れました。
ソニーのビデオデッキも故障して貴兄に送るつもりのテーピングも出来ずさんざんです。
最近の日本製品は何故か故障が多くなったような気がします。
パソコンはシャープ、それに半年で故障シタウォシュレットはナショナルと日本の大手電機メーカー製品なのに故障が続発します。
シャープのパソコンは購入して5年もたってないのに2回目の故障。 何故ですかね?
4~5月は半分近く仕事に時間をとられ、家内の看病とで相変わらず、実りのない老いの日が続きます。
最近「明日の記憶」という若年性アルツハイマーをテーマにした映画が封切られ話題をよんでいます。
50才の主人公(渡辺謙)がアルツハイマーで段々廃人になっていくわけですが、その妻(樋口可南子)の看護ぶりか注目されているのです。
小生の場合と反対のケースですが、小生の場合は家内が少しづつ良くなってきているので救われますが、映画は逆に症状が悪くなる話ですから、看護人が大変です。 それでも映画の中では経済的にも恵まれている環境の話なのでまだ良い方だと思います。主人公が病気で退職し、奥さんが働いて面倒をを見る話はよう聞きますが、人生たそがれにそうした問題をかかえると、小生と同様、破滅に近いです。
今年は7月にポーランドに行くことにしました。アウシュヴィッツを見に行くのが最大の目的。 ポーランド航空が直行便をJTBのチャーターでワルシャワに飛ばすので、それを使いたちので申し込みました。あとは家内の様子をみて、国内を1~2箇所廻りたいと考えています。
小生旅行しないでうちにじっとしていると滅入ってしまって、神経がやられてしまうので許す限り出かけるつもりにしています。
コンサルの仕事が続いているので、こんなぜいたくが許されるのかもーーー。
パソコンが直ったらまたメールを打ちますがメールアドレスも今までとっておいた「このごろ」の原文も全部消されてしまった筈なのでその復元が大変です。貴兄が小生のメールをブログでとっておいて頂いているので、それを遡って調べてみます。
貴兄のブログがこんな形で役に立つわけで本当に感謝しています。
機械類の故障が直ったら、またビデオを送ります。余り期待せずに待っていて下さい。
(井上、アロハ両氏共すっかりご無沙汰)
メールが駄目だったら、又、手紙を書きます。
乱筆乱文にて、近況報告迄。