Wednesday, August 22, 2007

カリフォルニアは暑かったです (2007/08/22)[s]

昨日、カリフォルニアから帰ってきました。 往復の汽車の旅も含めて2週間の旅程でしたが、くたびれました。

4人の息子娘達とその家族。 大人10人と子供4人。 プログラムが3~4才の幼児中心なので、四捨五入して80に近い爺さんには難行苦行でした。

ロスアンゼルスで寒暖計をみたら45度。 郊外でも華氏の107度。 海岸やプールで幼児達は喜んでいましたが、私はパラソルの下で暑さの我慢修行。

暑さに加えて、目が見えないので疲労も増幅。 太平洋の水平線が見えないのです。 雲ひとつない青空が恨めしくなりました。

子供孝行のファミリー・リユニオンもこれを限りに勘弁してほしいと思うのですが、年寄りの発言力は弱くなるばかり。

昨日帰ってきたら、同じ日に哲郎の赤ん坊が出生。 そのため彼の家族はリユニオンには参加しなかったのですが、これで孫が6人になりました。 もうこれで打ち止めにしたいところですが、11月にもう1人予定しています。

バンクーバーに帰れてやれやれ。 暫く休むつもりですが、メールマガジンもお休みです。

どうかお大事に。 (07/08/22)

そちらは天国 (2007/08/18)[o]

関東は先週17日まで連日の猛暑。37~39度、ベランダへ寒暖計を持ち出して測ったら40度を越しました。
昨日からやっと気温が下がりだし、朝からエアコンを入れるという異常現象もなくなりました。
ヴァンクーバーは最高24度なんていう新聞の気象情報を見ていると、こちらの猛暑は想像外でしょう。まさに避暑地、天国です。
小生はエアコン嫌いで朝から入れたことなど一度もありませんでしたが、この猛暑は凄かった。
西岡さんに習った「地球温暖説」は、周期的なものを言っていたのでしょうが、それにCO2問題などが重なったのでしょうか。
軽く日本新記録の温度を観測したのですから、来年以降もどうなるのか、あくまで気象庁の観測器が置いてあるところですから、町中はもっとあったと思います。
熊谷でもデパートで43度と書いていましたから我が家のベランダの41度くらいはどこでも、観測されたと思います。

夏休みで眼は休ませていますか?
このチャンスに少しでも良くせねば!
小生もサングラスに、ヴィタミン剤と白内障が悪化しないように努めています。

家内は暑さもあって寝たり、起きたりで、相変わらずの生活です。
涼しくなったら、娘の顔を見に名古屋に行くつもりだったのですが、この分ではどうなるかわかりません。
残暑お見舞いを書くつもりが、そちらは涼しいので書きようもなし。

毎日、エアコンの下で読書に励んでいるOより

(07/08/18)

暑中お見舞い (2007/08/06)[o]

中谷 剛 様

暑中お見舞い申し上げます。

早いもので、アウシュビッツへ伺ってから1年過ぎました。
今年もポーランドは猛暑なのでしょうか? 去年は、ワルシャワの空港からバスで猛暑の中、5時間もかかってトルニのホテルに入ったら、エアコンに冷房がなく、部屋のドアを開け、冷蔵庫の中のジュースのペットボトルを枕にやっと寝たことを思い出します。
ペットボトルを使ったのは良いアイデアと、みんなに褒められましたが、3日目のクラクフのホテルでクーラー付エアコンがあった時は、ほっとしました。ワルシャワも大丈夫でした。
寒いポーランドでクーラーが必要になるのは、よほどのことなのでしょうね。
それでも、収容されていたユダヤ人に比べたら恵まれていたはず、これが現実のことなら収容者のかなりの方が熱中症で倒れたことと思います。
中谷さんが汗を拭き拭き、熱心にガイドをされていた姿を思い出します。

今年も、広島・長崎の原爆の日がきましたが、アメリカは相変わらず無視のようです。
原爆は戦争終結を早めたとする説は、完全に全米中に流布されており、学校でもそう
教えているのですから、アメリカが原爆投下を謝罪することはあり得ないでしょう。

ルーズベルトはかなり人種差別がひどかったようで、それを継いだトルーマンがゴー
サインを出したのも、うなづけます。
対独相手なら、投下しなかったという説は一般的です。
ルーズベルトは大東亜戦争だけをとらえたら、戦争の立案・実行者です。
もし機会があったら、ロバート・B・スティネット が書いた「真珠湾の真実 ルーズベルト欺瞞の日々」(文芸春秋社)をお読みください。訳・荒井稔・丸田共美
原題は、Day of Deceit The truth about FDR and Pearl Harbour です。FDRはルーズベルトの略です。
これを読むと、日本がアメリカの策略で大東亜戦争を引き起こさざるを得ない状態に追い込まれていくのが、よくわかります。
暗号を全部解読し、知らん顔をして真珠湾を攻撃させるのには、ルーズベルトの凄さというかひどさを痛感させられます。第2のヒットラーに近い姿です。自国民を裏切るのです、自分の策略成功のために……。
なお、当時のアメリカの外交文書は、未だに全部は公開されていません。
公開された部分から、この本は書かれています。

私は満州事変を含んだ最初の日本の満州侵攻が、大東亜戦争の始まりとみているので、
ルーズベルトが全部の責任を負うのではなく、やはり、関東軍を主体とする日本は戦争を惹き起こしたとみていますが、これが原爆を肯定させる理由になる筈がありません。

話が大分広がってしまいました。
暑い中、大変なお仕事ですが、人間を自ら見つめなおすという大事な、価値のあるお仕事をぜひ続けられるよう望んでいます。
では、くれぐれも熱中症にならぬよう、水分と木陰に留意してご活躍ください。
         2007.8.7         
阿部基治